四月・長安城外

「我こそは牛輔軍が将、于建! 誰が俺様と一戦交えるか!?」

  踏(馬の足音)

「于建が一騎打ちの申し込みだ!」

「呂布軍の将、楊宝出陣!」

「報告、楊宝が応戦!」
「報告、戦果は15勝13敗!」
郭汜「くそ、これではラチがあかないな」
李傕「軍師のほうの状況はどうなっている!?」
「南方18里高順軍5千、東南侯成7千、まだ開戦しておりません!」
李傕「まだ開戦していない・・・賈詡は一体何をしているんだ」

殺(殺してやるぞーという雰囲気を表している。端的に言えば殺気)

「士気は悪くない。どうやら流言の影響は大したことないようだ」

呂布「だが牛輔軍の布陣には少しも隙がない。これを即座に破るのは難しいな。陣形はすべて打ち出したか?」
文官「第八陣営と第九陣営も帰順しました。反乱軍の数はかなりのものになります」
呂布「構わん。奴らの人名表さえあればそれでいい」
   「―――張遼」
   「俺としてはちょっとばかし士気が上がるとありがたいんだが」
張遼「了解」
   「そういえばあの者のことですが・・・」
   「貴方の命さえあれば、いつでも」
呂布「よし」

「呂布軍大将張遼、出陣!」


「兵敗れて、軍十里退く・・・」

牛輔「妙だな? ・・・こいつ、張遼の名を聞いた途端、いきなり泣き止んだぞ」
?「牛輔、お前・・・」
「牛大人、今は子どもについて論議している時ではないでしょう!」
「どうか行軍の指令を下さい!」
牛輔「そうだ・・・子どもは今年でいくつになった?」
董婦人「あなたったらほんとにもう。この子はもうすぐ二歳よ」
牛輔「そうだったか? 早いものだなぁ」
「夫人! どうか貴女からも仰ってださい! 牛大人に早く進軍をと!」
「全軍が動かないままで、兵の士気はどんどん失われていっております! このままでは呂布や馬騰に渡り合うのが困難になってしまいます!」
牛輔「賈詡の言った『五日』が、果たして法螺かどうか・・・あと残すところ一日、俺はもう少し待とうと思う。奴が一体どう出るのか、見てみたいのだ」
?「ハッ! 賈詡の目的は奇襲だ! だが呂布は現在出て来ず、篭城を決め込んでいる! どうやって実行する!?」
?「前回の李肅の時は成功したかもしれないが、今回の相手は李肅ではないのだぞ!」
「牛大人、どうかご命令を! たとえ都に多くの血を流そうとも、我々は主公の御為に仇を討たねばならぬのです!」
牛輔「静かにしろ、お前たちは俺の子どもを泣かせる気か?」
李傕「子ども子ども・・・ならば良いだろう、牛大人。せいぜい自分の身を大切にするがいい」

牛輔「夫人」
董婦人「輔兄、どうしたの?」
牛輔「ひとつだけ、俺の言うことを聞いてくれ。この先たとえ何が起ころうとも・・・必ず賈詡を信じろ」


胡赤兒「兵を増やして牛輔大人を護衛せよ! それと、私の命なくして何者も主営に近づいてはならん!」
「胡、胡・・・」
胡赤兒「はは! 牛坊ちゃん、随分見ない間にまた大きくなりましたな!」
董婦人「この子ったら・・・貴方の方がよっぽど父親みたいね。自分の父親より貴方に会う方がずっと多いのよ」
胡赤兒「さすがは夫人だ・・・それはつまり・・・菫太師(董卓)が・・・」
董婦人「私もよく知らないわ。ただ・・・たとえ父は死したといえども、私の心の中にはまだずっといるような気がするの。牛輔の手を借りて、父が無念を晴らそうと私たちに手助けしているんじゃないかって」
胡赤兒「そのとおりです。まさしく牛輔大人は我々の心中で只一人菫太師に匹敵しうるお方だ。ご安心を! 私がいれば、たとえ呂布がどれほど強力であろうとも、牛輔大人には指一本触れさせませんとも!」
董婦人「・・・ありがとう」


胡赤兒「殿・・・このような素晴らしい奥様を得られて、貴方は本当に果報者ですな」
牛輔「ああ。まさしくこれこそが義父の恩に報いるべき理由だ」


牛輔「賈詡の方はどうしている?」
胡赤兒「疑兵の計を以って高順と侯成を牽制しながら、主軍はひそかに北上し奴らの兵糧補給路を断たんとしております」
牛輔「妙計だな! 補給路をひとたび失えば、呂布は自らこれを護りに出てくるだろう。そこに我らが奇襲をかければ、勝負はたちどころに決する」
胡赤兒「憐れな李傕たちは真相を知らぬまま。今日などは散々にわめき散らしていきましたな」
牛輔「敵を欺くにはまず味方から―――これも陣内に潜んでいる間者のためだ」
胡赤兒「ご安心ください。すでに人に命じて探させております」
牛輔「お前に任せておけばひとまず安心だな。・・そういえば、俺の子はお前によく懐いている。俺に対しては全く懐く気配もないというのに」
胡赤兒「はは、坊ちゃんは私のことを好いて下さっておりますのでなぁ。そのうち甘い汁をたくさん吸わせて下さいよ?」
牛輔「ならば呂布を斃した後、お前はどの官位が望む?」
胡赤兒「中郎将です!」
牛輔「バカを言うな、そんなに急には昇格できるものか・・・」
胡赤兒「私が申し上げたいのは・・・現在我が軍には多くの人間が加入しております。ただ・・」
牛輔「そのうちのある部分は利益目当ての者たちと言いたいのか? 俺が菫卓の娘婿であるから、それだけのことができる権力と財を持っていると思っているというわけか。言い換えれば、それもまた俺の魅力とも言えるだろう」
胡赤兒「それはそうかもしれません。しかしたとえそれが下心によるものであろうと貴方の魅力によるものであろうと、彼らにとって貴方という精神の支柱が大きいことは変わりありません。つまり貴方にもしものことがあれば、兵たちはたちまちに混乱をきたし、ほうぼうに散ってしまうでしょう。さながら倒れる樹の上の猿のごとく・・・です。ですから、貴方の命は最も重要だということになる」
牛輔「その通りだ。呂布とあの刺客集団の関連を考えれば、とっくに俺を殺せただろうに・・・今はただ俺を利用して自分に二心を抱く者を炙り出そうというのが、奴の魂胆なのだろう」
胡赤兒「おそらく彼は人名表を持っているのだと思います。呂布が言うには、もしも貴方を殺せば・・・」

牛輔「お前を中郎将に封じる、か?」
胡赤兒「その通りです。呂布は半年前からすでにこの計を仕込んでいました。これからは私のことは胡赤児大人とお呼び下され!」
牛輔「くそったれ」


 その夜、牛輔は殺され、その首は長安に送られた。


呂布「牛輔の軍中はこれで大いに乱れたな」
張遼「賈詡はすでに慌てて兵を引いています。今こそが絶好の機・・・」

 全軍出撃!




 老子曰く、人を知る者は智、(人の賢愚得失善悪などをよく知るのは智者である)




「戻れ!」
「二隊、出口を塞げ!」
「郭大人、逃げる兵が多すぎます! 引き止められません!」
郭汜(士気は完全に滅したか!)
「呂、呂布が来ました!」

呂布「中郎将、胡赤兒!」
胡赤兒「ここに!」
呂布「よくやった!」
胡赤兒「ありがたき幸せ!」

「大軍が全力で押し寄せてくる! 呂布は我々を一気に殲滅するつもりだ・・!」
郭汜「何故駆けつけたのがお前たちだけなのだ!」
「ついさきほど主陣営から伝令があり、半数以上の弓箭兵が呼び戻されたのです!」
郭汜(この時になって主力を回収して兵力温存か・・・? 前方陣営を失えば後方陣営を守るのは難しくなるぞ! 賈詡は一体何をしているんだ?)

「弓、構え! 目標は呂布!」

咻(ヒュウ、という空気のなる音)
〔口白〕(? 地面に突き刺さる音)

「戻れ! 隊形を乱すな!」
「こ、これは・・牛輔大人の首!」

郭汜(やられた!)

〔口隆〕(? 隆盛する勢い)

呂布「弓であろうと何だろうと恐るるに足らん。これさえ見せれば・・・」
胡赤兒「戦わずして人を屈する兵法ですな! 妙計妙計!」
呂布「敵は逃げ出した。行くぞ!」
胡赤兒「はっ!」


 深夜、呂布はまず李傕を破り、そして郭汜の陣塞をも大破した。
 牛輔軍は完全に士気を失い、五つの陣塞を続けて失った。
 大軍は真っ直ぐ牛輔軍の本営を目指した。


董婦人「お前は詐欺師よ! 八奇中の大嘘つきよ! 私には分からないわ、何故牛輔はお前などを信じたの!?」

 嗄(はーはー、と肩で息をする音)

「ふ、夫人!」
董婦人「お前たちは皆愚か者よ! 救いようのない大ばか者の大たわけよ! 私の夫を返して!私の夫を返して! 聞いているの?このたわけ者!」
賈詡「牛輔・・・。牛輔は・・・彼は忘れなかった。彼はずっと忘れていなかった・・貴方の父の仇を討つことを。孟子に曰く、我よく浩然の気を養う。牛輔、彼は・・・彼は決して愚か者ではなかった・・・!」

―――夫人・・・ひとつだけ俺の言うことを聞いてくれ・・・たとえこの先何が起ころうとも、必ず賈詡を信じろ。

董婦人「ああ!」

賈詡―――風だ)

   (牛輔・・・)

   (お前が帰ってきたのか?)

   (ありがとう。)

   (お前も、呂布の笑い声を聞いたか)


 ※浩然の気

「その気はきわめて広大であり、きわめて剛健にして、正しく素直なもの。これを立派に育てれば、天地に満ちる。しかしその気は正義と人道がともにあって養われるもので、これを欠けば萎んでしまう。これは自分自身の中の正しさをつみ重ねていって生れるもので、よそからとってくることのできるものではない。気だけを目的として養っていてもいけない。しかし気を養うことを忘れてもいけない。苗を助長させようとして、苗を引っ張った宋人のようにあせってもいけないのだ。自分でも満足できる行いをしなければ、この気は萎えてしまう」


胡赤兒「あ、あれは偵察の兵ですか?」
   「大人、現在士気は絶頂です。今こそまさに勢いに乗じて一気に敵陣を打ち砕くべきでは。たかだかあの幾人程度が、たとえ・・・」
呂布「後方の地形はどうなっている?」
「険地(要害の地)です。いえ、もっと大きい!」

呂布(呉子の兵法に謂う・・・千をもって万を撃つは阻より善きはなし[千の兵で万の兵を攻撃するには、阻〔険より更に広い要害地〕の地が最もよいという意味]。)
  (―――これはまさに阻の地!)

   「胡赤皃・・・牛輔の死は、そんなに簡単なものではないかもしれん!」

「距離五十、上へ、指標松明! 五十・・上へ、指標松明! 準備」

「矢、矢だ!」

呂布(兵の情は速を主とし、人の及ばざるに乗じる。我らは五つの陣塞を容易に下し、結果三つの計略に嵌まった。

 ―――一つ大意の計、二つ大義の計三つ、陣王の計!


  (くそっ 暗行兵法め!


※兵の情は速を主とし、人の及ばざるに乗じる。すなわち戦いというものは速さを第一とし、敵の意表をつき、その隙を衝いて攻めるものであるということ。呂布たちは五つの陣塞を簡単に破ったことで、まず油断を誘う計略にかかった。牛輔が策のため自ら犠牲になることで、その大義の計にかかった。そして今、まんまと誘い出され陣王(戦の王)、すなわち賈詡の計にかかった。


牛輔「五日のうちに一割の兵力で必ず呂布を破るだと?」
   「賈詡、世の中そんなに甘くないぞ。お前にはまだ『薬引(薬の効用を高めるために飲む副薬。或いは主薬を病根に達させるための鍵となる薬)』が必要だろう?」
賈詡「貴方の部下の胡赤兒という男だが・・・」
牛輔「胡赤兒が呂布の放った刺客だと言うのか? 馬鹿者が、何故それを俺に言う。それを聞いて、もしも俺が・・・」
賈詡「英雄とは、何を聞こうとも恐れぬものだ」
牛輔「英雄か? それともただの馬鹿か」

   「本当のところは、たとえ俺が気づかずとも、お前は胡赤兒を止めるつもりはなかったのだろう?」
賈詡「本音を言えば。主公の仇を討つ事さえ出来れば、たとえ…」


その昔荊軻は始皇帝を暗殺せんがため、公子に首を請い、そして公子は進んで自らの首を献じた。
『荊軻秦を刺し、公子首を献ず』―――暗黒兵法!


※罪人であった荊軻は秦の始皇帝を暗殺する依頼を受け、用心深い秦王に謁見するための策を考えた。
その策は一つが領土割譲をすること、もう一つが元秦の将軍で政の怒りに触れて燕へ逃亡してきていた樊於期の首を差し出すことだった。これをすれば秦王も喜んで荊軻にあうだろうと考えたためだ。
しかし燕の太子丹は領土割譲はともかく、自分たちを頼って逃げてきた人間を殺すことは出来ないと断った。
荊軻は直接、樊於期に会いに行き、秦王を殺すために首をくださいと頼み、秦王に家族を殺されていた樊於期は復讐のために喜んで首を差し出した。


牛輔「何を恐れる? この牛輔は義父から受けた知遇の恩を一度たりとも忘れたことはない!」
賈詡「罪人謹みて公子に首の献ずらんことを請う!」


五日で李肅を破り、五日で呂布を破る―――ただこれ一割の兵力を以ってして。
初平3年4月、賈詡は長安に攻め入る。そして残り九割の兵力を少しも損なうことなく入城を果たしたために、あえてこれを妨げる者もいなかった。




老子曰く、自ら知る者は明なり。(己を知る者は明である)



※前のと合わせて老子のこの言葉は、「人を知る者は智者ではあるが、逆に言えば『智者』に過ぎない。しかし自分を知る者こそは、すなわち明の人である」という意味。他人を知るよりも、己を知るほうが真実を見抜かなければならず、ずっと難しいということ。




「報告、守城の第五営は全滅、皇宮は守りを失いました! 皇上はすでに奴らの手中に落ちたものと思われます!」
「まさか内側から門を開け投降した者がいるのか・・・?」
「じ、城内には彼らの内応者で溢れかえっています、つまり・・・」

王允「此処もすぐに落ちる」
張遼「王允大人! すぐに私と共にお逃げください!」

王允「ふぅ・・・」
   「私は老いた・・・本来ならば呂布の力を借り漢室を復興させて人生最後の願いを叶えるところだったが・・・残念だ」
張遼「馬鹿なことを言わないで下さい! 呂布さえいれば、賈詡などは取るに足りぬ輩・・・何を恐れることがあります!?」
王允「だが、呂布の生死の報は未だに届かぬ」
張遼「いいえ! 殿はきっと・・・」

王允「東へ逃げろ」
   「すぐに一切の金目のものを持って逃げろ。袁術は義心を忘れ、私利を重視する人間だ。たとえ彼が留めおいて世話をしてくれずとも、安住の地は探しやすくなる」

張遼「駄目です、殿のご意思は・・・」
王允「私の言うことを聞け。これがお前たちにしてやれる最後の事なのだ」
   「お前たちも共に行け!」
「し、しかし・・・!」


王允(いい夢はいつだって長くは続かぬものだ・・・)

   「士孫瑞、何故お前はまだ此処に残っておる?」
士孫瑞「私も悟ったからさ」
王允「そうだな、王朝が変わり代が交替するのは、天地の常」
士孫瑞「全力を尽くし、やれることだけやった。いまさらまた生死や得失の何を恐れる?」


だが、その程度では俺はまだ満足しない!


俺は人生の最高峰で生きる。
俺は今もなお山頂に君臨し続けているのだ!



「矢が切れた! 隊列、決戦準備!」
「準備!」

「どうやら七営にはもう耐え切れなかったみたいだな」
「仕方ないさ、なにせ相手はあの無敵の戦神だからな!」

「賈詡が言っていたぞ! 呂布を倒した者には侯をやるそうだ!」
「我らも何を待つことがある! 行こうぜ!」

呂布(来い!)

〔噹(当)〕(分厚い金属がかち合って響く音.ガアン、ゴオン)

〔嚓〕(硬い材質のものがこすれあったりして発する短い音。ザッ)

呂布(強い!)

   (何故これまで俺は気づかなかったのだ。軍中にはまだこのような強者がいたのか?)

   (それとも)

   (俺が弱くなったのか?)

   (大河の後でも水は湧き出て尽きぬということか?)(自分の後からも次々と強者は現れてくるものなのか、という意味?)

   (こいつは誰だ? こいつは?)


   (呂布、お前は恐くなったのか?)

   (俺が恐れているのは何だ?)

   (死か?)

   (無数の矢が塞ぐ路か?)

   (日を遮る無数の旗の陰か?)

   (英雄の末路の嘆きか?)

   (それとも)

   (それとも俺が恐れる一幕は?)


   (生き残りてまた活路無し!

   (賈詡、この呂布、貴様にしてやられたぞ!)

   (暗澹にして光無し! 暗澹にして光無し!)


「呂布! もしもてめえがそんなザマでまだ『戦神』と名乗っているなら―――てめえの時代はもう終わったな!」

呂布(今や俺に出来る事といえば、僅かに残された己の威名を守ることだ!)

   (その後に)

   (たとえ無名の輩の手にかかり死ぬとしても!)

「あんたが呂布だな」
呂布(味方か?)
「こ、こいつはまさか、いつかに刀皇を殺した・・・」
「そうだ! あいつだ!」

「もしも改朝換代が天地の常ならば」
「今日、よく見ておくがいい」

新しい戦神の誕生だ!

呂布「名を聞こう」
「馬騰の子」


馬超。



長安


「言え! 他に誰が叛乱を企てた!」
「言うんだ!」

「暗黒兵法・・・『荊軻秦を刺し、公子首を献ず』―――
「恥ずべき者の恥ずべき謀計だな!」


李傕「もし賈詡を野放しにすれば、我々はこれから―――
郭汜「ああ、全くあの傲慢野郎・・・」
張済「郭汜殿、李傕殿!」
郭汜「張済? どうした、賈詡の弱点でも探り当てたか?」
張済「いえ、皇上からです」
李傕「何?」
    「わ、私が車騎将軍だと!? お前は後将軍だ・・・。樊稠と張済も抜擢されている・・・では、万人の上に立つのは、この戦で実質功をあげた賈詡ではなく、この我々こそだというのか? 何者の下につくのでもなく!」
郭汜「こ、これを賈詡が皇上に向けて上奏したというのか? ありえん!」
李傕「しかしよく考えれば、軍の権限は我々の手の上にある。奴がその上であえて下手なことをするか?」
郭汜「時間稼ぎの策だ! 思うに、奴はとっくに俺たちが敵対しようとしているのを察知している」


「呂布を破り、帝を擁して王允を殺した。・・・この功労をあんたが奴らにまるまるくれてやるとはな。だがよく考えてみれば、これはその実『都を乱し、帝を強迫し、国臣を殺す』というとてつもない大罪だ。全く計算周到なことだよ」

「人は『賈詡は瞬き一つせず人を殺す』とか言ってたけど、自分の逃げ道までしっかり確保しているわけだ」
賈詡「どういう意味だ?」
「あんたが此処に留まる目的は只一つ、呂布を討つためだろ。結局捕り逃したわけだ」
「だがもう一度奴と対するにしても、あの四人は狭量で、決して助け補佐すべき明主の器ではない。そうだろう? では明主とするべきは他に誰か・・・老二が言うには、あんた前に曹操とひそかに面会して、乱に乗じて勢力を拡大するよう言ったそうじゃないか」
賈詡「もし主公菫卓が謀殺されさえしなければ、そんなことする必要もなかったんだがな」
「曹操はさすが新一代の覇主だ。彼はおそらく今頃・・・」
賈詡「じっと息を潜めて勢力を拡張しているだろうな。これこそ正に真の明知だ。比べて袁紹といえば・・・」
   「誰が泰山(敬仰すべき人物や重大で価値ある事物のたとえ)を得るか、誰が天下を得るか。大師兄(袁方)もこの孟子の道理は理解しているだろう」
   「しかし、袁紹の周囲には良才も多い。目立とうとするにはいささか難しいな」
「あんたは老二をどう見る?」

賈詡「荀彧は名士だ」
   「ああいう者は天下を支え、必ず国と民を安泰に導く。百姓は衣に富み食に足る」
「荀彧は才有るといえども、いささか仁慈に過ぎる。これでは現実に天下を取るのは難しい。統一の天下ともなれば仁政が行われるべきだが、しかしその前に必ずまず一組の暴虐にして冷酷な覇者と智者が現れるものだ」
賈詡「残念なことに俺の主君は死んでしまった。今や天下にはこの道理を理解する人物がいない」
「孟子の『憂患に生き安楽に死す』理だな」


※『憂患に生き安楽に死す』とは、心配事や悩み苦しみがある者は、自らを戒め生命を守ろうと努力するが、安楽に耽る者は油断して死にやすくなる、という意味である。


賈詡「世が真の意味で太平となるためには、先に世を暗黒の谷底に突き落とさなければならない。そうすれば次の世代の者は必ず、平和がいかに尊ぶべきものであるかを理解する」

   「老二は決して知らない・・・俺が曹操に会いに行ったのには、実はもうひとつ目的がある」


   「それは老四、お前を推薦することだ


四奇「ゴホ、ゴホゴホ! あんたが言っているのは・・・先乱後福の理か?」
   「何を以って俺にそんな能力があると・・・俺の命はもう・・」
賈詡「たとえ命が最後の一刻しか残されていなくとも、もし国のために力を出さぬのならば・・・」

   「たとえ天下中に汚名を残すとしても、何を恐れることがある?」

   「俺たちが見ているのは・・・次なる時代の生活だ。もはや今の世には何の期待もない。たとえこれが荀彧の仁政に背く道としても、やらねばならぬ。だが、もしお前が己の病ゆえに真の大義を放棄するというのなら・・・」


   「八奇中最強の人となる資格はない!

四奇「何を・・・。老六と、老七がすでに・・・」
賈詡「老師は彼らの前途しか見ていない。決して彼ら自身の能力を言っているわけではない」
四奇「ゴホ! あんたはいつもそうやって老師に反抗する・・・なぜあんたが行かない? あんたの・・あんたの能力を以ってすれば・・・ゴホゴホゴホ・・・」

賈詡「俺はまだ呂布を殺していない」

だが俺は確信している・・・それはすぐに実現できる。


四奇「はぁ・・・華大夫、なぜ俺を助ける?」
華佗「決策(計略)の王を欠いて、どうやって事を成す?」
   「人を救うことは、俺の天職だ」
   「しかし国を救うことは、水鏡八奇に課せられた責だ。逃れることは許されない。俺は待っているんだ・・・」

   「お前たちが曹操を始皇帝に変えるその時を!」


   「これが俺の人を救うという原則とは一致しないことだとしても、俺はその後に目覚めるだろう調和と幸福を予見しているよ」




 暗黒の後に、必ず光明あり。両者は決して共に存ることはできないが、天行は常有り・・・

 己を犠牲にして仁を成す・・・すべては荀彧の仁政のため。これこそ暗黒兵法の大義!




 ※『天行常有』:荀子。天体の運行には軌道と原則があり、その軌道と原則は恒久不変のものであるということ。一種の自然律をといたもの。




「返答は如何に?」

董越「果たしてこれが李傕の言っていることなのか、それとも賈詡の言っていることなのか・・・」
   「まさか李儒が死んだ後、お前たちがまたもや明主を探し出していたとは思いもよらなかった」
   「俺はお前と争論をしに来たわけではない・・・質問にだけ答えよ」

   「李傕大人の命じる天下帰順・・・お前は帰順するか、否か?」
董越「主公を殺した凶手を探し出す以前に・・・俺の立場は変らん!」


「聞いたところによれば、董越は李傕らに帰順するつもりだそうだ」

「もし奴らと涼州の大軍が兵を合わせれば、我らなど取るに足らぬ幾万の軍・・・すぐに危険は眼前に迫るだろう」

「皇帝は現在奴らの手の内だし、あんたは山崩れの如く惨敗するしで、形勢は厳しい。俺が見るに・・・利はないな」


呂布「公子は俺を助けたことを後悔していると?」
馬超「ああそうだ」
呂布「だろうな! この呂布の首さえ持って奴らと交渉すれば、得る利益は決して少なくないだろう」
馬超「その案を採らぬ道理は俺には全くないな」

「仰るとおりです。もしなされるのであれば、どうぞお早めに!」
「公子のご決断には全く頭が下がります」
呂布「どうだ?」
馬超「動かないわけにはいかねえな」

「元凶が露となり、涼州の人心は今や憤怒に燃えております。誓って凶手を死地に追い込むと」
呂布「賈詡は決して思いもよらぬだろう・・・まさか涼州の者が俺を再び大局の主宰に戻そうとしているなどとはな」


張遼「公子、ご協力大変嬉しく存じます」
馬超「ああ! これでようやく親父殿の利にもかなうってもんさ」

 ちっぽけな涼州に比べりゃ、ずっとデカい獲物だ。


 初平3年5月、馬騰と韓遂は長安に出兵した。




 『暗黒の後、すなわち光明。』
 これぞ暗黒兵法の大義。







とりあえずここまで・・・(ぜーはー)
もうちょっと進んではいるんですが、きりがいいので
06.07.02