(11巻 ~60P)



(かみ)、材を求むれば、臣、木を(そこな)
上、(うお)を求むれば、臣、谷を()
(君が材木を欲すれば、臣は悉く樹木を切り尽し、
君が魚を欲すれば、臣は谷水を悉く涸らす)

上、権を求むれば、将、残殺す
(君が権力を欲すれば、将は殺戮を尽くす)

権に(なん)ぞ価値あらんや
人の命に(いくば)くの価値あらんや



郭嘉「これで、結局どれだけ殺したことになる?」

「郭軍師、此処一帯の人間はすべて殺し尽くしました!」
「ど、どうかもうこの辺りでお手をお引き下さい!」

郭嘉「何人だ?」

「大体・・・合わせて一万人ほどかと」

郭嘉「足りない」

(た、足りない?)



郭嘉「陣を付近の城下街にも広げろ。泗水全体で十万だ」

「軍師、どうかお考え直しを! これでは・・」
  「これでは主公は天下の大罪人となってしまいます!」

郭嘉「分った、では考えを改めよう」

   「合わせて三十万だ」

   「主公の方は今どんな状況だ?」

「す・・・・すでに十城を降し、大軍を挙げて真っ直ぐ彭城の方へ向かわれております」



郭嘉「今年の徐州の収穫状況は良いそうだな」
「え・・・ええ、悪くはないようです。刈り入れもじき終わるでしょう」

郭嘉「雨季が過ぎれば、河水の流れも充分なものとなる・・・」
「ぐ・・軍師、貴方が仰っているのは一体・・・」

郭嘉「天気は変幻無常だ。多分二ヵ月後は旱季に入る」

「おい、何の話をしているのか分かるか?」
「旱季? つまり俺たちは旱季が来る前に進攻しなければならないってことじゃないか?」

郭嘉「お前たち、よく聞け」

   「主公にお伝えしろ。彭城を攻めるのはしばし止め、兵を置いて三ヶ月待たれよと」



「し・・しかし、兵は神速を貴ぶもの! 我らの士気は今非常に高まっております!」
  「三ヶ月も手を休めては・・・敵人に持ち直しの時を与えることになるのでは!?」

郭嘉「天に時、地に利、人に和」

「何だって? 天・・・地・・・人? それで一体何がどうなるっていうんだ?」
「もし誰かが彼が八奇だと教えてくれなければ・・・俺は今だに彼を頭の狂ったやつだと思っていただろうな」



郭嘉「荀彧の様子は?」
「門を閉ざして引きこもっているさ。誰とも会おうとしない」

郭嘉「この打撃はちょっとあの人にはキツすぎたかな・・・まぁ、彼はそれでも決して自分の役割を簡単に放棄するような人じゃない」

「俺たちが去った後は、曹操も自ずと再び正しい軌道の上に戻るだろう」

「さすがは八奇中最強の男だ、まさかこうも容易く曹操を変えてしまおうとはな」
郭嘉「俺の提案は、これまで拒んだ者などいない」



郭嘉「ただ、刃の上を行くのはそう簡単なことではないけどな」

賈詡「老四、見たところ調子は悪くないようだな」

郭嘉「一人だけじゃ支え難いよ。俺も自分の体力がどこまで持つか分からない」

賈詡「悪いが、俺はまだやらなければならないことがあってな。しばらくはお前の手助けはしてやれそうにもない」



郭嘉「師哥、あんたの名は今や天下中に知れ渡っている。まさか・・・」
賈詡「諸侯たちは先を競って礼を尽くし俺を招聘しようとしている。だがこれは、逆に彼らの人となりをはっきり見るのにもいい機会だ」

郭嘉「目的は人物の見定めか。なら・・・」
賈詡「天下間にやはり名士はいない」

   「お前が曹操にこれだけの悪行をさせているというのに、まさか真っ向から対抗し非難しようとする者が一人もいないとはな」

郭嘉「ああ。俺たちの目的の第一歩は、すなわち諸侯の心を見極めることだ」

   「天下に大乱を導くのは・・・やはりこういった連中だな」

賈詡「私利私欲の徒は、取り除かぬわけにはいかぬ」



郭嘉「人の性はすでに黒く、天下もまた黒に染まった」
   「天下を救うには、より多くを殺さなければならない」

賈詡「古来天下を変えんと欲する者は、必ず先に天下に血を流し、人心を洗い清めてきた。各々の違いは、血がいたずらに流れたか否か、だ」

   「黒を転じて白となし、白を転じて黒となす。天理は循環する・・・・」

郭嘉「その通り。すべてはただ天意だ」
賈詡「はは、先生はきっと激怒するだろうな」

   「それでは・・・」



賈詡お前の『天時地理人和』が完成することを祈る

郭嘉「気づいたか?」

賈詡「恐れ入った」

三ヵ月後

平原の国



劉備「糜竺兄、も・・・もう一度仰ってくださらんかな?」

糜竺「皇叔大人! どうか我が徐州を救っていただきたい!」

※糜竺・・・陶謙の別駕(職名)。



張飛「『皇叔大人』? 界橋での一役以来、その名を再び口にしようって奴はなかった筈だがな」

関羽「もし頼みごとがおありならば、皇叔などと呼んで我らの兄者に取り入ろうとされぬことだ」

糜竺「別に私はそういう意味で言っているわけではありませぬぞ! 皇叔のご身分は、すでに天下の公知するところです」

劉備「それはつまり、皇上が天下に公告されたということですか」

   「妙なことですな・・・この備は、皇上にはまだ一度もお会いしたことがない。一体どういうわけで・・・」



糜竺「いえ、皇上は確かに人を派遣し、四方へ公告をされました。曹操の徐州遠征で道が塞がったがために、皇叔ご自身のお耳にはまだ入っていらっしゃらなかったのではないでしょうか?」

   「しかし今、皇叔が兵を率いて親征してさえくだされば、必ずや天下の正義の士たちを呼び起こし、ともに曹賊に対し抗戦することができます!」

張飛「そうだ、俺も聞いたぞ。なんでも陶大人が曹操の父親を暗殺したって話だが、こりゃあ・・・」
関羽「曹操の勢力は大きく、名声は天を覆うほどだ。また誰が何の目的で、あえてそのような大胆なことを冒すのか。これには別の内情がありそうだな」

糜竺「そうです。陶大人は仁徳の名士を気取っていらっしゃる。何故そんな不義な真似をいたしましょうや」

劉備「私が見るに、これは出兵の口実ではないかな」

   「乱を治める、乱を起こす、人を殺す、人を救う・・・正と邪は紙一重だ」



劉備「ある者は現在の恐慌大乱を見、またある者は惨劇の後の安穏を見出す」

張飛「はっ そんな大層な御託を並べたところで、人殺しは人殺しじゃねえか! 兄者、こうしちゃいられねぇ、俺たちもすぐに行こうぜ!」

糜竺「その通りです! 現在皇上は李傕の掌中です。奴は山の上に座し、虎の争いを傍観しているのみ! 高みの見物を決め込み、諸侯たちが互いに争って殺し合うのを待っているのです。しかしここで皇叔が兵を出しさえすれば、きっと天下に号令することができましょう!」

劉備「糜竺兄、貴方はここに来たとき、徐州の『天の時』と『地の利』、『人の和』について触れておりませんでしたかな?」


 ※天の時、地の利、人の和 ・・・ 戦をする(仕掛ける)際での、自軍に有利になるようにそろえるべき条件。大きく言えば機のこと。
 天の時は天候などによる好機、地の利は地的な条件の有利さ、人の和とは実際戦に関わる人々の団結力、士気(を高めるきっかけ)のこと。



関羽「すなわちその『天の時』『地の利』『人の和』とは?」

   「思うに・・・それこそが兄者を出兵へと促す口実ではないですか」

糜竺「いえ。徐州は半月近く乾旱となります。曹操は即座に河を塞ぎました。これは『天の時』のため・・・」



劉備「水源を断ったのですか? ならば地の利と人の和は?」
   「糜竺兄、仰って下さい」

糜竺「刈り入れの前に、奴は密かに人を遣って田を焼き払ったのです。地の利は完全に失われました」

   「さらに泗水で三十万の軍民を殺戮した。四方周囲の百姓たちは皆それを聞いただけで慄き、一斉に徐州の主城の方へと逃げました」

関羽「人が多いのは、あるいは良い事だと言うこともできる。陶大人が民兵を組織すれば、曹賊に対抗するのにまさに鬼に金棒となるのではありませんか?」

糜竺「いわゆる『人の和』とは、すなわち陶大人の愛民の心を利用したもの! 現在数えて計百万の民衆が一挙になだれこめば・・・」



糜竺「徐州の兵糧はすぐにでも底を尽いてしまいます!」

   「曹操が三月も兵を留めているのは、すなわち一兵一卒も損なわずに彭城を手に入れるため!」
   「その上付近の諸侯たちは、大量の難民が城に集まればその分多くの食糧を要するがゆえに、同情はするけれども助けがたいと・・・」



糜竺「しかし、私には分かっているのです! これはただ、諸侯たちが何もせずにただ傍観するのに最も都合のいい口実なのだと!」

関羽「『天時、地利、人和』とは、元来戦わずして人を屈する兵法。恐るべし!」

張飛一城を屠して、十城を降す。暗黒兵法

劉備「それでは皇上がすでに使者を寄越されたという、そのご意思は・・・」

糜竺「私も知りません。その宣旨を持ってきた者は、徐州を経て来たようでした」

   「天はやはり志ある者を裏切らない。そうして私は折りよく、皇叔が在野にあって命を待っているところであるということを知ったのです」
劉備「ならば、その宣旨を持ってきた者というのは今何処に?」



糜竺「さあ、多分まだ郯県ではないですか?」



糜竺「人の言うところによれば・・・彼は一人の文武両道に秀でた奇才だとか」



 将まさに勇を以って本とし、智計を以ってこれを行うべし
(将となる者は、武勇を基本とし、知略をもってこれを使え《魏書.夏侯淵伝》)



「郯県は三方を険地に囲まれている。しかし、ただ真正面から直接攻め込むだけでは、我が軍の勝算は低い」

「では、夏侯大人はどれほどで陥落できるとお考えで?」
夏侯惇「二日の内だ」

「二日? 夏侯兄、そこまで見くびってもらっては困りますな」



夏侯惇「そうだな、攻城王田盛の力量をもってすれば、それほど長くはかかるまい」

田盛「我田盛、すぐにでも郯県城の砦の上に立ってご覧にいれましょうぞ!」



「敵がまた攻めて来た! 隊形から見るに、攻城王田盛の部隊!」

「五回目の攻勢が始まったぞ! 弓箭手は前へ! 護城隊準備!」

陳登「官になってから長いこと経つが、未だに曹操が一体何を考えているのかさっぱり分からない」

   「しかし今日、ようやく彼の真の姿を見せつけられた気がするな」



「何です陳登兄、いきなり感慨ですか?」

陳登「我々はこれでも商売人だからね。金で官位を買うのも、それですべてが何の滞りもなく順調に進むのであれば、良しだと思っている。まさか今日のような日を迎えることになると思いもよらなかった・・・」(?)

「貴方もようやく商界と官界の境目に気がつかれたのですね」
陳登「感謝するよ」

「何を礼を言うことが? 貴方を気づかせたのは・・・目の前の恐るべき現実です」

陳登「いいや。もし君がいなければ、城のすべて、上から下までが、とっくに曹操の手によって死んでいただろう」

「陳家は司馬家にとって並々ならぬ商売取引相手です。どうして俺が何もせず見ていられましょうか」



燎原火「これは俺自身の責任です!」

陳登「人は商売とは情では語れぬというが、今回は全く本当に見方を改めさせられたな」

燎原火「では事が終わった暁には、よろしくお願いしますよ」

陳登「冗談を言うな。よもやまだ敵を撃退しうる方策があると思っているのか?」
燎原火「お忘れにならぬよう。我らには、『皇叔の御身をお守りする』という一手があります」

     「護城隊、俺について来い!」
陳登「そいつ本当に皇叔なのか?」



田盛「皆の者、城に上れ!」

   「我が田盛軍にこれまで落とせなかった城などひとつもない!」



「左軍前進! 左軍前進!」

  「弓、放て!」

「報、敵左方はすでに疲弊している模様、左軍が登上を開始しました!」
「報、右軍が陳登の部隊を牽制中! 敵は守城の軍を分けたようです!」

夏侯惇「やりおるな。この分ならば、明日の朝一で落とせそうだ」

「用兵が適切だ。まさか夏侯大人の麾下にこのような傑出した人物がいたとは思いもよらなかったな」



夏侯惇「ああいった者たちはみな、お前の師兄の荀彧が我々のために手に入れた青州兵だ」

郭嘉「田盛の気炎は人を圧倒する。なるほど、往年朝廷がこの人物に並々ならぬ苦渋を舐めさせられたわけです」



夏侯惇「軍師がこんなにも早く着いたということは、彭城はすでにお前に破られたか」

郭嘉「彭城などはたかが一つの小さな城に過ぎません。取るのはそう難しいことじゃない。将軍が今攻めている郯県とは比べられませんよ」

夏侯惇「けしかけようとしても無駄だぞ。この(おれ)の用兵とは平素より、順を追って一歩ずつ進めるもの。勝ち目ない戦はしない」

郭嘉「ならば夏侯大人の仰るところでは、明日が郯県陥落の日であると?」
夏侯惇「まさか郭軍師は田盛がすでに上城したのが見えないわけではあるまい?」

郭嘉「将軍は、徐州では何が豊富に採れるかご存知で?」
夏侯惇「それはどういう意味だ」

郭嘉「人も多ければ、石も多い」
夏侯惇「石が何だって?」



「退け!」

「ここはもう駄目だ! 早く退け!」

「退く路など無い・・・・」



田盛「此処から開始だ」

   「全兵、城内に進入せよ!」

「早いな」



夏侯惇「見たか? ひょっとすれば今晩にも破れぬとも限らぬぞ」
郭嘉「同僚として、私もそうであることを願いますがね・・・」

「此処から上れ!」

「伝令、全軍直ちに城の傍へ集合せよ!」

田盛「妖怪!」



「で・・・田将軍!」

燎原火「よし、敵はすべて城の傍まで来たな・・・」

(何・・・・)



燎原火「放て!」



「放て! 放て!」

「と、投石車!」



「前方が城壁に近寄りすぎている! 計に嵌まった!」
「伝令、速やかに退却! 速やかに退却!」

夏侯惇「くそ、人数が多すぎる。これでは前方は最早退くことは出来ぬ。城の上でも混乱をきたし始めたか・・・」

     「どうも・・・田盛は運が悪かったようだな。あの城を守っている奴は真に大したものだ!」

     「今回ばかりは俺自身が出ぬわけにはいくまい」



郭嘉「乱石と死体で城壁の下は埋め尽くされている。行天車(城壁を登り攻め込むための梯子車)を近づけることはもうできないでしょうね」

夏侯惇「ならば軍師のご高見はいかに?」

郭嘉「今晩これを破ります」

夏侯惇「もう一度いうが、俺にけしかけは通用しないぞ」

郭嘉「別に将軍自ら動かれる必要はありません」

夏侯惇「では、お前が言っているのは・・・」



郭嘉「出山以来、俺はついに好敵手に巡り会えた」



「うえ、死体がもう腐り出してやがる、くせぇ!」

「一人?」

「偵察か?」

「弓で射ろ!」

「駄目です、距離が遠すぎます」



郭嘉(天気は悪くない)

燎原火(この男の踏むその一歩ごとが、すべて布陣の点だ・・・敵は城を囲もうとしている



陳登「兵を抑え留めて動かない。奴らは手を変えたようだな」

燎原火「俺の推測では、将軍部隊が暗中で密かに背後へ移動し、前後で挟み撃ちにするつもりでしょう」

陳登「だが、後方は険地だぞ。攻めるのはた易くない。おかしくないか?」
燎原火「先の戦いでの将は性急な男だった。しかし今回兵を率いるのは・・・」

     「聞くところによれば、彭城を落としたのは、一人のゆったりと落ち着いた風の人だったそうです」
陳登「君が言っているのはもしや、実に造作なく首府を降してみせたという人物か? 君が案じているのは・・・」

燎原火「日数から計算すれば、今日あたりに下邳から・・・・」



陳登「しまった! 今日は下邳から兵糧が届く日!」

   「奴らの目的は、こちらの兵站線を断つことか!」

燎原火「今から俺の言うことに従って動け。第二軍は俺に随って輜重(兵糧輸送)部隊を護りに行く」

陳登「二軍だけで出るのか? まさか敵が城を包囲しようとしている中に!?」

燎原火「伝令。西方、右へ向かって一石投じろ」



燎原火「聞こえたか? 敵はすでに総動員で動き始めている」

「な・・・何も聞こえないぞ・・・」
「将軍、一体何を仰っているのです?」

陳登(暗すぎる)

   (何も見えんぞ)



「う・・・」

「静かにさせろ」
「おい、そいつを殺せ」



「また来た・・・見つかったぞ」

「軍師の指示した地点まで、前進!」

  「開始!」

「しまった! 敵は投石車の防衛線を越えてきました!」

「篝火を放て!」



「二軍出撃!」

「目標、後山の輜重部隊!」

燎原火(間に合うか?)



「長蛇の陣でうまい具合に弓箭の射程範囲を避けている。兵を率いている奴はなかなかやるな!」

「軍師の仰っていた城を守る者とは、奴のことですか?」

郭嘉「全軍で攻城している。これで城の背後を守っていた敵兵もすべて守城の方に回ったな」

   「よし」






やったァアー、とうとう十一巻!
四奇さん出ずっぱり、活躍の回。ウフ。

だからほんとは・・・十三巻辺りは・・・やりたくないんだけどね。ふふ・・・
06.07.26