(11巻 61~120)



後山

「急げ!」

  「日が昇る前に城内へ届けるのだ、早くしろ!」

「陳登大人の密使が到着しました!」

密使「敵が山の付近まで迫っている! 陳登大人の命により、お前たちは速やかにこれを迎え撃て! 二軍が後からすぐに到着する!」



「敵が兵糧を奪いに来る、皆準備しろ!」

「急いで車を一列に並べるんだ! 弓箭隊はすみやかに準備!」

「構え!」

「来たぞ!」

「幸い、人数は多くないようだ」



「いました、下邳の輜重部隊です!」

「放て!」



「早く林の陰に隠れろ! 矢の方が速すぎて近づけん!」

「踏ん張るんだ、二軍の援軍がすぐに到着するぞ!」

「あちらの方が追い風だ、完全に地の利を制されている・・・攻め上るのは無理だ!」

「奴らはとっくに我らの兵糧を奪っていたというのか!? 一体何のために・・・」



燎原火「敵じゃない、あれは味方だ。俺達は離間の計にはめられたんだ!」

     「反地利、反人和・・・ならば・・・反天は何だ?」

     「天時、地利、人和・・・」
「もしあれが味方ならば、私が死を決して釈明して参りましょう!」

燎原火「軍はいまや城の前面に集中し、そのために後方には人がいない・・・」
     (風向き!?)

「ということは・・・」

楽進「丁度いい風向きだ。城の後方から逃げ出してくる兵も殆どいない」

郭嘉「三日後に必ず季節風がある――――俺の言った通りだっただろう?」



「将軍、山の上をご覧下さい!」

郭嘉「火は風に乗じて勢いを増す・・・さぁ天の時が来たぞ」



郭嘉「火煙はすぐに回るだろう。前門の夏侯惇に、このまま城を包囲し続けるよう伝えろ。一人も逃すなとな」



山林いかに大なるとも、野火の焼くるにまだ足りず。(?)
(山林がどれだけ大きくとも、すべてを焼き尽くす野火の勢いは収まることを知らない)

※南京大虐殺を詠った《忘的悲歌》の一部『山林再大、也不夠戰火燒』から?



河内 司馬家

「味方同士で相打ちとは・・・全く、この戦は一体どれだけの時間がかかるんだ?」
「儂が知るか。生まれてからこのかた、幾十もの年月を経たが・・・」

「これまでずっと安穏だった徐州でさえも、ついに戦火に巻き込まれてしまった。またこのようなことが続けば我々の損害は多大なものとなるぞ!」

「よもやあんなに弱小だった若造が、今では一領地で覇を唱える梟雄になろうとはな・・・」

「曹操は傲慢にすぎる。一体誰が官に推挙してやったと思っているんだ」
「おい、お前人の話を聞いておるのか?」



司馬懿「小孟」
小孟「はい」

司馬懿「阿火の方はどうなっている?」
小孟「夏侯惇の領兵が城を包囲して以来、消息が途絶えました」

三叔「郯県か・・・」

    「お前も、曹操がこの機会に徐州を併呑しようと企んでいることぐらい、分かっているだろう。ならばもっと人を動員して、古くからの馴染みの顧客たちを徐州から脱出させなければ!」
小孟「いいえ、曹操の用兵は神速です。公子も予想外のことでしょうが、一切は火哥自身が・・・」

司馬懿「報恩?」

小孟「はい。彼は秘密裏に皇上の宣旨を広めております。目的は劉備を正式に皇叔とするため」
  「今や劉備でさえも、世の波風に逆らえないということでしょう」

司馬懿「劉備という男は上辺ばかりの人物ではない。この一戦を利用して一気に名声を掲げるかもしれないな。今後にむけて土台を固めるために」

四叔「仲達、お前はあんな劉備ごとき一平原相程度が曹操を撃退させることができると思っているのか!?」



司馬懿「奇襲」

司馬馗「へへ、待ったはなしだぞ。引き返そうたってもう遅いからね!」

     「二哥引っかかったな!」



司馬馗「誤魔化そうたって駄目だぞ! まさか俺が何も分からないと思ってるの?」

     「この一局の碁石の位置、俺は全部覚えているからね。今更騙せるだなんて思うなよ」



四叔「仲達、儂の問いに対する答えは?」

司馬懿「俺はすでにお答えしませんでしたか?」

     「奇襲。」
四叔「仲達! 儂は碁の話をしているのではない!」

司馬懿「もし誰かが奇襲をかければ、曹操は必ず退く」

三叔「何をぬかすか。そのような技量がある者がどこにいる?」

それはすなわち、巧みに人々の記憶から、その存在を忘れ去らしめている人物。



「背後から曹操を襲う?」



「そうです! もし曹操の本拠地を奇襲できれば、一つに兗州一帯を併呑することができ、二つに徐州のためにその包囲を解除することができます」

張遼「第三に、それによって一気に正義の士として名声を高めることができる・・・だろ?」

呂布「俺がお前を信用するとでも?」

「ええ。なぜならば、貴方はすでにお心を決められているからです」

呂布「あいにくだが、この呂はもう疲れてな・・・今はただ何もせず、静かに余生を送りたいと思っている。二度と戦事に身を投じる気はない」



「では、この広い天地の中で、呂将軍はなにゆえ、あえて陳留太守張邈殿の城中に身を置かれているのですか?」
「隠居なさりたいのであれば、別に相応しい場所がありましょう。特に呂将軍のその威名ならば、もっと威信のある者の元に身を預けるべきです。その方が安全なはずなのですから。このような状態で、どうして以前よりも安穏と暮らせましょうか?」

張邈「奉先、もうそのくらいにしたらどうだ。この男はとっくにすべてを見抜いているぞ」

呂布「もう一度訊く。何の根拠を以って俺がお前を信用すると?」

「もう一度お答えしましょう。それは呂将軍がすでに心を決められているからです」

呂布「陳先生よ。俺が求めているのは、真の理由だ。上辺のものではなくな」



陳宮「私めが見たところによれば、閣下は貪欲にして不義の輩にございます」

張遼「陳宮! 言いやがったなこの生意気な野郎が!」
張邈「己に少しばかり評判があるからといって、口は慎んだほうがよいぞ!」



呂布「そいつの言っていることは間違ってはいない。だが、およそ大事を為す者とは、まず貪欲な心ありきだ。そしてそれが原動力となる」

    「その上、道義から論ずれば・・・張邈大人はなおさら、曹操の戦友だ。何をもってこの布と結び、曹操と敵対しようとなどする?」

陳宮「天下に貪欲なる王道、天下に不義なる小人――――まさしく陳宮が睨んだとおりの覇主です」

呂布「それゆえに、あえて自ら陶謙を裏切り、張邈と同じ様に呂に下る、と?」

陳宮「良禽は木を択びて棲まうもの。まさに呂将軍を指して言うに相応しい言葉でしょう!」



呂布「お前は呂布の腹中の蟲だな!」

この日の朝、呂布は一つの決断を下した。



郯県

「陳登大人、このままでは最早為す術はありません!」
  「こうなったら一か八か、打って出でましょう!」

陳登「ならん! 敵は地の利を制し、こちらを幾重にも囲んでいるんだぞ。それでは奴らの思う壺だ。早まったことは・・・」

    「おい、戻れ! 戻らんか! 出るんじゃない!!」



「うわぁ!」

「構え! 残らず、放て!」

「郯県は三方が険地だ。攻め込むには直接正門を叩くしかない。だが、それは裏を返せば・・・」
文官「三方が火で囲まれれば、正面から出ざるをえない。しかしこちらが射箭の良位を占めている限り、出てくれば最後、放たれる矢の餌食となる・・・ということですな」

「また火か?」
文官「彭城の時と一緒だ」

    「でも、なんでまたあのもの凄い軍師は火ばっかり使うんだろうな?」



その問いに答えられる者はいない。

しかし気づいているだろうか・・・・この戦乱の時代に起こった主要な戦にはすべて、火という一字が切り離せないということを!

「つまり軍師殿は・・・敵の目的が、我々に糧車を差し止めさせないことだと仰るのですか?」

「ああ。そして奴のもう一つの狙いは、この山頂にある」



郭嘉「拠点には悪くない。確かに此処さえ守り通せれば、陶謙麾下の軍が到着するのを待ち・・・」

    「この地点で合流して、敵を防ぎながら、同時に郯県の軍民も安全に避難させることができるからな」

「よい知らせです! 下邳の軍は既に発ち、明日には到着できるとのこと!」
「死守だ、なんとしても持たせ続けるんだ!」

「こんなこともあろうかと、早めに山頂に一切の軍備を用意しておいた甲斐があったな」

燎原火「副将、いいか、堅守することだけを考えていろ。絶対に出撃するなよ。俺の兵法によるなら・・・」

     「日暮れまで持たせられればいい」

副将「ひ・・・日暮れまで? では・・・夜は?」

燎原火「夜・・・」



    その時は俺の天下だ!



ただこれ、星星の火、



かえって燎原となるべし

※「星星之火、却可燎原」・・・中国の古い言葉「星星之火可以燎原」の引用。星星の小さな明かりでも、野原を焼くことができる。つまり一つひとつの革命の火(人)は小さくても、数が多くなれば成功するという意味。



(儂は・・・・

地獄に生きている。

彼らもまた、儂の所為で・・・

この地獄の中に生かされている。

もし儂が権勢などを惜しまなければ、
もし儂がもっと早くに投降しておれば・・・
陶謙よ・・・)



(この、仁徳の士を気取った偽善者め!)

(儂にはどうしようもないことだったのか、それとも・・・)



曹豹「主公、曹操はすでに郯県を包囲しております。最後の砦を失うわけには参りません。どうかご決断を」

陶謙(それとも・・・)

「主公、郯県は侵攻を受けながらも、久しく持ちこたえております。恐らく陳登大人にはまだ何か秘策があるのでしょう」

「そうです。陳宮と糜竺の消息はまだつかめませんが、彼らの遊説の能力を以ってすれば・・・」

陶謙(天よ、何故貴方はいつも私に口実をお与え下さるのか)

    (それとも、儂が己の権勢に執着しているのか)

    「では・・・我らも行くぞ!」

人とは結局、こんなものだ。

諸侯も、天下も。

在りし日の大漢はすでにない。(?)



曹操「諸将、郯県は目の前だ」



    「その他の戦況はどうだ?」
「于禁、雋城を破る、曹洪、霊関に入る」(※雋城は長沙にあったという雋県の城? 主霊関という地名はなく、巂郡にあった霊関道のことか)
  「韓浩、氾盟関を破る・・・その他の将領、皆勝報あり!」

曹操「ならば、残すところあとは陶謙の『遊撃兵』だけだな」

夏侯淵「ここには、郭嘉の領兵が奴らの郯県に入る道を阻んでいるとある・・・元譲からの連絡はまだないようですが」
     「この分だと我々が一足先に郯県に進入さえすれば、陶謙は終わりでしょう」

李典「主公、夏侯惇方の者が来ました」

「楽進が参りました!」



楽進「妙才兄、夏侯将軍はいま後山におられますぞ」
夏侯淵「まさか・・・あの大哥が?」

     「ありえん・・・だってあの男は、あの四奇のことを毛嫌いしていなかったか? 一体どんな手を使って懐柔したんだ?」

楽進「将軍、あんたも四奇の用兵術を見りゃきっと分かりますよ」

曹操「一晩の間に離間の計を用いて敵兵を混乱させ、更に薫城に火を放ち、援軍が入城する路を断ってみせたのだ。この儂ですら心底感服せずにはおれんというのに・・・」

 いわんや彼をば、だろう。



郭嘉「夏侯将軍」

夏侯惇「水臭いな、元譲と呼べ」

郭嘉「では元譲兄、小弟をあの山の麓まで連れて行ってもらえませんか?」

夏侯惇「全力を尽くそう!」



「上山!」

  「敵が来たぞ!」
  「陣を構えろ。迎戦準備!」

  「援軍がもうすぐ来る! それまでなんとしてでも持ちこたえるんだ!!」

「来るなら来い! 俺達はお前らなど恐れはしないぞ!」



「滾石陣だ! 鉄盾兵前へ!」

「道を開けろ、俺達が行く!」

「二軍はその後に続いて速やかに進め! 諸兵は前方の谷だ! 急げ!」



副将「敵が谷へ入ったぞ! 今だ!」

「あの岩を見ろ、まずいぞ!」

  「連石陣だ! 退け!」



夏侯惇(連石陣! やるな。だが・・・)

     「お前の姿は見えているぞ!」



副将「ぐあ!」

「ふ・・・副将大人!」

「副将大人!」
「うわ!」

夏侯惇「蛇は頭なくば進むことはできぬ。兵もまたしかり」



     「敵の将は打ち獲った、みな行け!」

「な・・・なんて力だ。此処は山頂だぞ! 一体誰が・・・」

「落ち着け! 態勢を崩すな! 逃げるな!」



郭嘉「先方が乱れ始めた。――――ということは、あちらの将が討ち取られたかな」
    「さすがは奪命手夏侯惇。その名は伊達じゃない」

「そうだ。大将さえ獲ってしまえば、軍は必ず混乱し、勝敗は決する」

郭嘉「そこはお前のよく知るところだろうな」

「あんたが最高指揮官であれば、夏侯惇は必ず兵を退く」

郭嘉「同じ計策を、お前は攻城王田盛に使った。だが」



    「同じ手が再び上手くいくと思うか?」

燎原火「死力を尽くすのみだ」



火は、煽られねば燃え立つことはない。



良辰美景、残念ながらこの思いは二度とは巡ってこない。(※良辰美景:よい時とよい光景)

「天・・・まさに黒とならん」

「おい、そこで何をしている! 此処は夏侯大人の陣地内だぞ!」
  「怪しいやつめ。そこを動くな!」



夏侯淵「ふ・・・お前はこの絵についてどう見る?」
「私めは無骨者で絵はよく分かりませんが、しかしこれは・・・神業とも思えるほど素晴らしい出来かと」

  「しかし山岳の地形は少しも画中に現れておらず、ただ天地への回憶に過ぎません」(?)

夏侯淵「ああ、この山景は、いまや火の海に没しようとしている」

     「やれやれ、所詮戦もまたこのようなものか・・・」

「拙者は生まれてこのかた、ここまで見事に、山をかつての有様に復原したものには出会ったことがない!」(?)
「はは、お前のような無骨な人間でも、風雅を解す気持ちがあるものか」

夏侯淵「だが、ここは戦場だ。我々は山まで優雅にものみ見物にきたわけではないぞ」



     「この地は危険だ、先生は早く立ち去られるがいい!」
絵師「山野の地は描くに惜しむ者はおりません。そちらはよろしければ将軍殿に。どうぞお納め下さい」

夏侯淵「先生の才ならば、この画は将来必ず価値大きなものとなろう。ありがたく頂戴しておく」

「一本欠けているな」



「先生は何故わざわざ辛労をかけて作った作品を他人に寄贈する? 惜しいとは思わないのか?」

絵師「私は絵を描き、お前は柴を刈る――――互いに関わりはない。樵夫(きこり)先生は何故ずっと私の後についてくる?」

樵夫「みなそれぞれが利のある土地で仕事をなす」

    「先生は某のために一筆描いてくださるだろうか?」

絵師「同道の者である以上、樵夫先生もそれなりの金は払えるのだろうな」

樵夫「山野の人間は、ただ山路の険悪な道を知るのみだ。これは代金になるか?」

絵師「交渉成立だ」
樵夫「どうも」






奪命手夏侯惇・・・・・ダサ・・ッと思ったのは私だけではないはず。
そんな態度180度な元譲兄が単純すぎて可愛くて大好きです。

楽進・イン・アッシリアとパッツン妙才がカッコよくてアニキ!って感じで好きすぎて困っちゃいます(そればっか)
「きこり先生」はもちろんワザとです。プッ。
06.11.19