(11巻 121P~)



「ご主君、今の男は何者なのですか?」
絵師「さあな。だがあの身のこなしからすれば、相当の手錬だろう」

絵師「お前はこの画を持って先に戻っていろ。私はもう少しこのあたりを回ってみる」
「先ほどの男が述べていった景色のことですか?」

絵師「ああ。まさかあの四奇がこの山にこれほど見事な布陣をするとは思ってもみなかった」
   「戻って皆に伝えろ。一切は計画通りに…それと」

   「遊山に来ているのは、一人だけではない、と」



「第三と第五、第八の山にあるすべての柴を破るよう殿にお伝えしろ」

「では、第二、第四、第七の山の仕掛けを実行に移してもよいのですね? 承知しました」

「ところで、この画もお持ち帰りするのですか?」

「殿へ伝えるんだ。遊山を楽しんでいるのは、一人だけではない」



張遼「桃園画派の張先生も来ているとな」



「あ、あそこの山をご覧下さい! 一体何が…?」

「何者かが火を放ったようです!」

夏侯淵「郭嘉は俺にここで待てと言ったが、まさか…」

    「主簿、さっきの画はどこだ!?」

「将軍、こんな時に画など」

夏侯淵「いいから早く持って来い!」



夏侯淵「火頭はいくつだ?」
「四…いえ、現在は五つです!」

夏侯淵「谷の方はどうだ!? いくつある? 三つじゃないか?」
「そうです、三つです! 妙才兄、どうして分かるのです?」

「八つ…では八隊いるのですか」

夏侯淵「早すぎる!」

    「急げ! 急いでこの画を軍師に渡すんだ!」

「しかし……軍師も今は悠長に絵を鑑賞する気はないのでは」



夏侯淵「これはただの絵じゃない」
    「布陣の地図だ!」

    (俺は山頂に軍隊がいるかどうかは知らない。ただ、この絵に思考を乱されていることは確かだ!)

「元譲、あれを見ろ!」



夏侯惇「な、何だ!?」

「火があんなにたくさん…援軍が着いたんだ!」

「夏侯将軍、下の方で混乱がおき始めたようです!」

夏侯惇「郭嘉は山下にいる、兵も少ない…しまった!」

    「命令だ、全軍下山! 軍師を守れ!」

    「勝ち目の無い戦はしない」



郭嘉「夏侯惇はやはり心配性だな」

「軍師、此処は我々が抑えます!」

「すぐに兵を引いて敵の援兵を阻んでください!」



郭嘉「何の援兵を阻めと? そもそも攻撃してくる人間などどこにもいないのに」

   「人間がいないだと? じゃあ俺は人ではないということか?」



燎原火「今はまだ俺一人だけだ。だが…」

郭嘉「面白い冗談だな。俺はすでに兵を引いて後山の守りについている。どうして敵が襲撃してくると?」

   「お前のこの一連の撹乱工作は、すべて夏侯惇を下山させようとするためだけのものだろう?」



燎原火「その通り。夜が明けまで山頂さえ保守しきれば、援軍は必ず無事に通過できる」
    「そしてあの火頭の場所…兵事に長いあんた等なら、これが何を意味するか、少しは分かるだろう?」

「あいつの言う通りだ! 火頭の上がった所は、守禦すべき絶好の要地!」
「奴が放った火は、もしや援軍への方向を指示する目印か?」
「軍師、我らにいくらかの兵をお分け下さい! まず火を消し、次に要地を守って、来る敵を迎え撃たねば!」

郭嘉「兵を割いて火を消す? そんなことをすれば彼の削兵の計にまんまと嵌るだけだろう」

「で、では一体どうすれば! 軍師、どうかご指示を!」
「落ち着け! 敵はたかだか一人だぞ!」

郭嘉「その通り、事をなすには冷静でなければならない」



   「心理戦が巧みだな。この男は呂布を思い起こさせる…だが、残念ながらお前は呂布ではない」
   「奴ならば逃げ切れるだろうが、お前はどうかな」

燎原火「ああ、くれぐれも混乱してくれるなよ。あんた達が一旦乱れれば、その他も道連れだぞ」

郭嘉「つまり今すべきことは、造乱の根源を排除すること」

燎原火「そちらもこの道に長けているな。あんたを除かないかぎり、俺たちも枕を高くして寝ることができなそうだ」

「生意気な!」



郭嘉「威勢が良いのは結構だが、実力が伴わなければな。ここに居る数十の者たちはすべて名だたる将だ」
   「彼らの刃の下を潜り抜けられる者は、天下に幾人といまい」

燎原火「十数程度、幾百と戦うことに比べたらた易いものだ!」

郭嘉「お前の口ぶりはまるで、刺客のようだな」



「かつて、どこかで聞いたような、一言だ」

「や…奴も来ていたのか!」

「あの年、兗州で、ある者が、言っていた」



「奴は、たった一人で、潜入していた」

「独眼の刺客に、扮して」



「死とは、結局、なるべくして訪れるもの」
「生とは、依然、生き続けることだ」



あの年は天候が不安定だった。
水土が身体に合わず、
俺は随行しなかった。



呂布が薬を送って来た。高価で珍重なものだというので飲んでみたが、体調はかえって悪化した。
数日服用するのを止めれば、病は逆に癒えた。
今思えば、あのような粗野な人間が、果たして高価な贈り物などするだろうか?



第92回

孟津

三年前、董卓麾下の第一軍師、許臨が暗殺された二日後。

「独眼にあらず、若造だと?」
「はい…奴は趙賢の息子という身分を利用して潜伏していたのです」

「その者は、何と、言っていた?」

「奴は…奴はこう言いました! 『十数を相手取るのは』」

「『幾百と戦うのに比べれば容易いことだ』と!」



「その腕が、常人ならざるものだった。それはいい」

「だが、お前たちは、人数も多く、船も多くありながら」

「何故刺客一人、とどめ切れなかった!?」



「それだけでなく、趙賢に息子がいないことを、何故報告しなかった!」

「主公ですらも騙されたんです! 本当のことを報告するのは、いたずらに主公の名声を傷つけるだけ! だから我々は…」

  「死を恐れて、適当なことを申す者は」

  「すべて、死すがいい!」



「船で一体何が!?」

「急いで呂将軍を呼べ! あの者が暴走を!」
「たった今呂将軍から伝令が! 軍規違反者をただちに処罰せよとのこと!」
「軍令が何故こんなにも早く? し、しかしあの者は…」
「『しかし』何だ! 呂将軍麾下の軍は既に到着しているぞ!」



「父よ、褚はようやく兇賊を探し当てましたぞ」



燎原火(こいつが…許臨の息子? 許褚だと!?)



郭嘉「ずっと動かずに物見を決め込んでいたのは、この男の手を見るためか?」

許褚「兵を誘い出し、進攻し、敵の兵力を削ぎ、さらに、密かに敵陣に飛び込み、主帥を、暗殺する」

「常山剣法は、左に曲がり、右に回る。この男の、手は、船で行われたものと、よく、似ている」



郭嘉「ならば、こいつは随分な大物が引っかかったということになるな」

許褚「あるいは云う、天下に智を冠するに、比類なきは、智者の最、許臨。軍師の首、八奇」
   「また云う…天下に勇を冠するに、及ぶ者ものなきは、武人の最、呂布」



刺客の首、残兵!

こいつが残兵の頭目!?



許褚「左曲、」

   「右回」



郭嘉「今思えば」

   「もし…許褚がなお董卓の身辺に居れば、天下はまた違ったかもしれないな」



燎原火(こいつ…!?)

許褚「小僧。その技量、夏侯家、二兄弟に、劣らず」

「待て!」

夏侯惇「護兵が着いたようだ。下山の必要は無い、戻るぞ!」

「ぐ…軍師を護らなくても良いのですか?」

「まさか…夏侯将軍、貴方は何か見たのですか!?」



「軍師、山上の夏侯将軍に知らせを送らずとも良いのですか?」

「まさかあちらから我々が見えているとお思いなのですか? あの噂のことを…」

郭嘉「彼の左目は千里眼だ。俺が見たところ…これは真実だろう。嘘や出任せじゃない」

(一体、曹操軍の中には…)



あとどれだけの怪物がいるんだ?

「援軍はいない! 手分けしてあの小僧を包囲しろ!」

「早く! 左から押し包め!」

燎原火(強い! 郭嘉の言っていたこともうなずける)
    (もし、呂布が策を弄してこいつを遠くに離させなければ)

    (許臨と董卓を殺るのは、言うほど簡単なことではなかったかもしれない!)



許褚「司馬家が、送って来たものか?」

燎原火「どの司馬家だ?」

許褚「河内の、司馬家!」



凶悪の根源だ!

燎原火(簡単ではなかったかもしれない―――だからどうしたと言うんだ? 俺は呂布にだって負けなかった)



いわんや、お前など!

 (硬い! この男、まさか馬用の鉄甲を!?)



許褚「痛くも、痒くもない!」

燎原火「もう一度だ!」

許褚「来い!」



燎原火(一体奴はどこまで真相を知っているんだ?)

    (死人に口無しか!)

    (いや、殺されるのは…俺の方かもしれないな)



許褚「俺の拳を受けて、うめき一つ漏らさなかったのは、お前が初めてだ」

「奴を包囲しろ」

燎原火「痛くも痒くもないな」

「河内の司馬家」
  「司馬家が一体何の目的で? もしそれが本当の話なら…」



  「儂の負っている司馬家への借りは、一切帳消しにしてもらわねばならぬな」



 計を仕掛けるのには三つの(パターン)ある
 一つは単向而発―― 一方から放つ。
 二つは双方互発――双方から互いに放つ。
 三つ目は融会貫通――相手の裏をかく(?)。

この三種は、出陣の次第で決まる最も普遍的な兵法である。
しかし普遍的な手法は、往々にして勝負を左右する鍵となる。

「布陣、囲め!」

「囲陣? 後山に行って陶謙が城に入る道を塞ぐんじゃなかったのか?」
「いや、郭軍師は此処に必ず敵軍がいると言っていたんだ、間違いない」

「しかし、どう見ても敵は一人しかいないぞ!」
「あっちは…最近軍に加入した都尉の許褚じゃないか?」



第93回

「見たか? あの小僧、なんと許褚と互角に渡り合っているぞ」
「ということは、あの小僧も只者じゃないってことか?」

「聞いても信じんだろうがな。彼らはあやつを兗州の刺客の頭目だと言っていた」
「で、ではあいつが残兵!?」

「隊長、冗談はよしてくださいよ! あんな、どう見ても俺の子供とそう変わらない歳の小僧ですよ!」
「それに、残兵は司馬家の所属だそうじゃないですか、主公と司馬家の関係ならば…」

「年若き頭領」



曹操「計り知れぬ一族よ。なるほど、天下に立脚しつづけていられるのも頷ける」



曹操「だが、お前も儂と司馬家の仲は知っている筈だろう。これは一体どういうことだ?」

燎原火「司馬家は司馬家、残兵は残兵だ。皆ただ利害の上での仲間にしかすぎない。金を出せば、残兵は誰にでも所有できる」
    「今日の我らの行いすべては、すなわち皇叔の命を奉じるところであり、共に逆賊に抗するためのものだ」



「皇叔だと? 一体どこの皇叔だ?」
「大漢連年の戦乱のうちに、すべて死に絶えたはずだぞ。でたらめを言うな!」

李典「皇叔? まさかあの『板授』皇叔ってやつじゃないだろうな?」
※『板授』…詔書なしの任官。多くは権勢の有る高官が皇帝の名を借りて封賞として与える官爵の位。極端に言えば自称ってこと。

郭嘉「平原をひそかに平原国に変えた男のことさ」

曹操「お前が言っているのは、虎牢関での一戦で名を成した劉備のことか?」

「そうだ、劉備集団の実力を以てすれば、残兵が彼ら麾下の一員だとしてもおかしくはない」
「聞くところによれば、洛陽城での役では、劉備は自分と一人の残兵と殿を取り替えたというじゃないか」

曹操「郭嘉、お前はどう考える?」



郭嘉「劉備という人間は、何事をなすにも直接自分の手でします。他人の手を借りるとは到底考えにくい。そうですね…この小僧から視線を転じれば、すべからく司馬家の徐州においての少なからぬ利益が見えてきます」

曹操「お前、いつの間にそれほどまでに司馬家を気にかけていたのだ? まさか彼らを存じておるわけではあるまい?」

郭嘉「あの年……平陽の関東軍の兵営で私は会ったことがあります」
   (老七と実力を伯仲した一人の者)

燎原火(こいつ、仲達と会ったことがあるだと…?)

許褚「誰であろうと、今は、そんなこと、どうでもいい」

   今は、仇を討つことが、最も重要!

燎原火「いいだろう! お前も俺と同じ…死を恐れぬ戦いだ!」

許褚「もらった!」



燎原火(生憎)

    (俺の方がお前よりすばしこい!)



    「死にやがれ畜生!」

李典「危ねぇ!」

許褚「痛くも、痒くもないわ!」



燎原火「痛くないなら、」
    思う存分やってやろうか?

    もう一回だ!



「来るがいい! 皆…」

燎原火「上!」



曹操(?)「おお、何という体術!」

「あの小僧の狙いは…」

「馬だ!」



許褚「もう、ないぞ」

燎原火(位置は)

    (狙い通りだ!)

許褚「来い!」



   「粉骨、砕身!」



曹操「呂布が策を弄してまで許褚を追いやったわけだな」

李典「もしタイマンで闘ったら」

呂布は絶対に奴の敵ではない。



燎原火「はあ、はあ、はあ」

許褚「死ね! 死ね! 死ね!」

「あれではさすがにもう死んだだろう? よもやまだ…」
「そうだ、もし起き上がってくるなら」

「何!?」



燎原火「こ、ここだ…」
    「ここが甲冑の、最弱点!」

李典「許褚、まだだ!」

許褚「もし、仇敵でなかったら…」



   「お前は、敬意を表すべき、好敵手であっただろう」

燎原火「そりゃどうも…」

    (人を殺す者は、また人に殺されるもの)

    (それこそが俺の運命だ!)
    (残兵の首領は……
     これまで誰一人として長く生きた者はいない。)



    (だが俺に関して言えば)

    (いささか早すぎやしないか?)



曹操「全く、儂の期待を裏切らぬ小僧よ」

郭嘉「布陣、囲め」



劉備「いけるか!?」

絵師「全く問題なし!」



山林をよく観る(or称える?)者は、一人ばかりではない。



しかし、天下の諸侯をよく観る(or評価する?)者は、あらゆるところにいる。




なんてこった! 気が付いたら三マガ編に上書きされちゃってたよ!!
ということでリベンジでゴワス。

引き続き四奇さん大活躍の回。うふ。
しかしこれ読んでると、どっちが悪役か分かりませんね。
あれ?四奇さんか?(趙火さんを邪魔に思ってた)

それにしても許褚、頼むから普通に話してくれ…訳しにくいったら。
殿はやはり岩の上からご登場。

そして今回のベスト迷台詞:「粉骨、砕身」粉骨、砕身…
07.10.20