第43回『仁者無敵』 権勢を立てるには、一生分の心血を要する。 しかし倒れる時は、まさに一瞬なのである。 水鏡「橋瑁の兵は一夜にして劉岱軍に併呑された」 「人心とは分からぬものよ」 学生「老師、どうやら本格的に撤退するもようです!」 水鏡「やはりこうなったか……」 「これで関東連盟は、名ばかりで実のないものとなってしまった」 耿武「副将、兵糧車を牽いて来い!」 韓馥「耿武、一体何なんだ?」 耿武「主公、あれをご覧下さい」 「あれらは皆、軍営の外をうろついている難民たちです。我等が撤退すると分かって、あわよくば残った兵糧にありつこうという気でしょう」 「拙者は、あれらの者に兵糧の一部を彼らに分け与えてやろうと考えています」 韓馥「な…何だと!?」 耿武「主公、『仁者に敵無し』ですよ!」 韓馥(仁者に…敵は無いだと?) 兵「おおい! こっちへ来い!」 「韓馥大人がお前達に兵糧を恵んで下さるそうだ!」 「皆こちらへ来るがいい!」 袁尚「チチチッ、審配見てみろよ。韓馥の奴、まだあんなに兵糧を持っていやがったぞ」 審配「大方、ああやって善事をなすことで、あたかも仁に厚いようなところを見せて、人心を掴み取ろうという腹づもりなのでしょう。撤退する以上、残った大量の兵糧はむしろお荷物にしかなりませんからな。利用するのにも丁度よい」 「君主たる者、名声を気にするものです。主公とて同じでしょう」 袁尚「急げ! 今すぐ我等の兵糧を牽いて来るんだ!」 兵「はっ!」 兵「押し合うな! 順序を守れ!」 文醜「災民救済ですか。三公子は主公の体裁を保ったわけですな」 袁紹「人心を買収する、か。尚もなかなかやるものだ」 文醜「先程偵察にやった者が戻って参りました。曹操と孫堅は董卓に敗れ、両軍の被害は甚大なようですぞ」 袁紹「フン、それなりにやるかと思っていたが、意外とあっけなかったな」 文醜「やはり天下に数うるべき英雄は、我が主公をおいて他にはおりますまい!」 袁紹「文醜よ」 文醜「は!」 袁紹「勝敗は兵家の常。英雄とは紆余曲折を経てこそ言えるものなのだ!」 「方に言え。まだ若い。急ぎ焦ることはない、と」 「少なくとも、この人の心を掌握するという一点に関しては、奴はまだまだ尚に適わない」 文醜(孫家との婚約を取り消したことを言っているのか) 兵「忘れるな! これは袁紹大人のお心遣いだぞ!」 「覚えておけ!」 袁方(くそ、遅かったか! 一体何をやっているんだあの愚か者どもは!) 李典「荀先生、あんたぁ本当に物好きだな」 「うちは弱小勢力だぜ。なのになんでまた……」 荀彧「なに、勝敗は戦の常ですよ。それに…見ていて下さい、今に強大になりますから」 李典「今すぐにか? いくら水鏡八奇だからって、そんなことができるはず……」 兵「将軍! 主公がお戻りです!」 将「残ったのはこれだけか…やはり董卓相手となれば一筋縄にはいかぬな!」 李典「全体の士気に関わる。主簿、董卓軍の数を多めに誇張にしておけ」 主簿「は!」 荀彧「勝ちは勝ち、負けは負けです」 「よい負けっぷりでございました。荀彧より曹操大人へお喜び申し上げます!」 曹操「儂とて、天下の強者たちが何故それほどまでに八奇を求むるのか興味はあるからな。それ故……」 「お主の再三の忠言に従い、さんざん惨めなていらくを晒して戻って来てやったぞ!」 荀彧「大人は私の言を疑わず、受け入れてくださった。なれば私はその信に身命を賭して報いましょう」 兵「若造め、貴様一体どういうつもりだ! 貴様が我らの主公にこのような屈辱的な醜態を演じさせたというのか!」 兵「いい根性じゃないか! ではお望み通り命を以てあがなわせてやろう!」 夏侯惇「主らの忠心、殿に代わってこの夏侯惇から礼をいう」 「だが、もう少し待ってくれぬか」 曹仁「何だ惇兄、随分この小僧っ子が気に入ったようじゃないか」 夏侯惇「こいつの才がいかほどのものか見てみたいだけさ」 曹洪「あれは……」 荀彧「食糧を求める難民たちです」 曹仁「なんだなんだ。どれほどの有謀の士かと思えば、兵糧をやって人心を得ることぐらい、俺にだってできるぞ!」 「阿瞞、八奇なんてな、所詮はこんなものなんだよ」 夏侯惇「淵、奴らにいくらか兵糧を分けてやれ」 「それから、ついでに後ろの若造にもな」 荀彧「夏侯将軍、百姓達に伝言をお頼みしてよろしいですか」 夏侯惇「心得ているとも。我らの偉大な主公は仁の心に厚いお方なのだとな!」 荀彧「彼らに伝えて下さい。兵糧は戦に用いるもの。疾く帰るがいい、と」 夏侯惇「何だって!? おい、あまり迂闊なことを言うな!」 民「どうして我々は物乞いなどせねばならない?」 「関東連盟が成立して以来、我らはこれで戦乱がすぐにでも収まるのだと期待していた。路頭に迷い漂流している者が、もう一度畑を耕せるのだと」 「なのにあの群州牧どもときたら、ずっと兵を動かさずに、誰一人として出兵して董を討とうとしない。あまつさえ、今日に到って突然この酸棗から撤兵ときた」 「何が『兵糧尽きて撤退』だ! あいつらはこんなにたくさん食い物を俺たちに渡しているじゃないか!」 「こんなにも多くの食糧! こんなにも多くの兵士! これは元々董卓を倒して天下を平定するためのものじゃなかったのか……」 荀彧「あなた方の憤りも最もだ。けれど、それは私達とは何の関係もない」 民「違う! 曹操大人は董を討つべく戦ってくれた! 大敗したのにも関わらず、なお本拠地の陳留に撤退せずにいる!」 「今日俺たちはこの目で見たぞ! 曹操大人こそは、今一度酸棗に戻り再戦に望もうとしている英雄だ!」 荀彧「我々の兵糧は戦のためのものだ! どうあってもお前達に渡せるものではない! 分かったならば、大人しく帰るがいい!」 民「大人! 天下は大いに乱れています。一袋の米で人心など買えない!」 「戦乱の内で餓死するくらいなら……」 「志有る方にこの身を投じ、股肱として力を尽くし、国の乱を収める!」 「曹操大人、どうか我々を傘下にお加え下さい!」 「すべては曹操大人の天下のために!」 夏侯惇(時を得れば盛え、時を失えば滅びる) (この若造は事を行うのに最も有利な時機のとらえ方を知っている) (そして民衆の心を掌握する術を心得ている!) (この窮地において、徴兵を行わず、兵糧も管財も用いずに、なんとこれだけ多くの兵士を集ってみせた) (八奇、やはりその名は嘘偽りなどではない!) 曹操「しかれど最も恐るべきは、訓練さえも要らぬということだな」 「これらの群衆は、おそらくただの難民ではない」 「聞くところによれば、黄巾の頭目であった張角の死後、奴の信者の多くがこの酸棗一帯に移り来たという」 「もしその一部が我らに帰順したらば、その他の流れ散在している黄巾賊の残党らも、風聞を聞きつけ次々に集まろうな」 「さすればその数は驚くほど膨れ上がるぞ」 「たった僅かな言葉のみをもって人の心を動かし、我等の命運をも書き変えた」 「もしこの男が張角であったなら、天下は彼の思うがままであっただろう」 「だが彼は張角にあらず……我々の張良だ!」 ?「結局、すべての諸侯が人心の籠絡にとりかかったか」 ?「皆が人々に食糧を配る中、己だけ配らぬままでいれば、名声を大きく損なうことになりましょうからな」 水鏡「学生達よ、どう見る?」 ?「名声と真理は別事であり、一つに混同してはならない」 「天下を見渡すに、民の為にすすんで兵を挙げたのはただ二人」 「一人は孫堅、一人は曹操」 「この旅行きの目的、我らにもようやく分かりました」 水鏡「そうじゃ! お前達の目前には今、二人の主君がおる」 「軍師の責務は非常に重い。無数の将や兵士の生命を握ることとなる。それゆえ一旦身を投じるべき主君を誤たれば……」 「ただ暗君の悪事を行うを助け、天下をいたずらに乱すのみ」 「荀彧は確かな先見の目をもって、すでに正確な第一歩を踏み出した。あとはお前達じゃ……」 ?「私は心得ました」 水鏡「よろしい」 「では、お前達三人は?」 ?「天下は広く、才ある者もまた多い……」 ?「何ゆえ老師は天下に英雄は二人だけであると断言されるのか?」 |
三マガの第二回配信分『仁者無敵』でした。 いや~最初読んだらあまりの訳の不自然さにいてもたってもいられず・・・。 でもちゃんと見てみたら、意外にそうでもなかったです。巧い具合に訳しているところもある。 部分的に変・意味が通じにくい・間違い?な所をちょいちょい修正してみました。 07.10.21 |