台語で蛤はhama(ハーマー)
北京語で蛤(蜊)はgeli(グーリー)
合わせて「ハーマーグーリー」!

ということでこの蛤の謎に迫ってみました。
おまけに書いてから大分経ってふと読み返したら、えらい大馬鹿やらかしてたので、改稿しました(2012.4.30)
相変わらず役にはたちませんが、ご興味があればどうぞ。
目次から各項目に飛ぶこともできます。

目次
1.『漢典』で調べてみる

2.「蛤」haの来源

3.「蚶」を調べる 追加

4.古代中国人の蛤像




¨『漢典』で調べてみる

訳は割愛。

 蛤 小篆

 『康熙字典』
 【唐韻】【正韻】古沓切
 【韻會】葛合切
 【玉篇】蚌蛤也。
 【禮・月令】雀入大水爲蛤。
 【國語註】小曰蛤,大曰蜃。
 【前漢・地理志】果蓏 臝蛤,食物常足。【註】似蚌而圓。
 【大戴禮】蚌蛤龜珠,與月盈虧。 又魁蛤。
 【韻會】一名復累,老服翼所化。 又文蛤。
 【夢溪筆談】文蛤即呉人所食花蛤也。 又靈蛤。
 【酉陽雜俎】仙藥有白水靈蛤。 又萬年蛤。
 【飛燕外傳】眞臘夷獻萬年蛤。 又山蛤。
 【本草】在山石中藏蟄,似蝦蟇而大,黄色,能呑氣飮風露。 
 又蝦蛤,獸名。
 【司馬相如・上林賦】格蝦蛤,鋋猛氏。 又蛤魚,蛙名。
 【本草】蛙小其聲曰蛤,俗名石鴨,所謂蛤子也。
 【韓愈詩】蛤即是蝦蟇,同實浪異名。 又蛤解。
 【揚子・方言】桂林之中,守宮大而能鳴,謂之蛤解。詳蚧字註。又蛤蜊,見蜊字註。
 【韻會】作?,从虫合聲。


反切(発音):
【唐韻】【正韻】古沓切: ko t(d)ou → kou
【韻會】葛合切: katsu gou → kou

「kou」は正確には「kah」だと思うんですが、とりあえず今はざっくりで。
日本語の音読みも「カフ(コウ)」なので、音は一致しているはず。



O「蛤」=haの来源


漢字の意味なんですが、もう調べれば調べるほど蛤蟆(hama:かえる)と混同してるのでは??と思えてきます。
というのも『蛤』字がトカゲだったりヤモリだったり爬虫類両生類などにも使われているからです。ハマグリとカエルって何気に似てるし(形といい模様といい動きといい)

しかも台湾語辞典によれば「蛤蜊」の発音は実は「kap la」。
ほかにも客家語から闌南語、厦門語、潮州語(か湘語だったか)、果ては広東語の辞書まで、置いてあるの片っ端から見てみたんですが「蛤」の音はどれも「ka」「kap」「ge」「geb」のどれか。
日本の漢和辞典によれば漢呉音ともに「コウ」なので、南方地方の音はどれも「合(kou)」を源としているとしか思えない。
ところが現代北京語には「蛤」の音に「ha」というものがあるわけです。
この「ha」は一体どこから来たのでしょう?

日本の漢字辞典には前述の通り「コウ」音しかありません。
念のため『集韻』と『廣韻』も引いてみましたがどちらも「kou」音でしか載っていない。唐韻は調べ忘れました。

余談なんですが、音韻系の辞書って初めて使ってみたんですけど、音韻学をやってないので死ぬほど使いにくい。
漢字学の本で仕組みだけは読んだことあったんですが、平上入去声とか知らんし、韻のグループも分からない(漢和辞典には何気に載ってるんですけど)
ひとまず片っ端から日本語の「コウ」にあたる音から探して見つけました。
おかげさまで「蛤」は入声の「合」韻だということは覚えました。
それにしてもこれ、現代の中国語音しか知らないと調べるのすごく大変そう。

話を戻します。
ひとまず韻書には「合(kou)」音としか載っていない「蛤」。
でも現代中国語では「ha」音がある。
ついでに「合」も「he」と読むし、「哈」も「ha」と読む。
ということは、古い時代には「k」系の音しかなかったものが、後世になって「h」系の音も発生ということなのでしょうか?
とするといつの時代なんだろう。

と思ったところで、そういやどっかで「哈」を「ha」と読む事例を目にしたようなと思ったら三国郡県図の幽州の地図でした。
たしか柳城のすぐ近く、大体今の遼寧あたりに「哈喇沁(左右)旗」という地名があって、厳密には地名と言っていいのか謎ですが、当時北方騎馬民族の自治区?的なところだったのかと。
漢字でお分かりかもですが、この「哈喇沁」は「Harpin」です。今の黒龍江省のハルピンと同じ場所かは今ちょっと分かりませんが、関係はあると思います。

後漢郡県図にも存在しているので、少なくとも2000年前からハルピンがあったことになります。
そこで「哈」の字を当てているということは、「哈」の字に「ha」音があったと言うことなのか。
もしかしたら「哈」を「ha」と読むのは北の方言だったのか?

たとえば「チンギス汗」の「汗」が「ハン」なのか「カン」、あるいは「フビライ」なのか「クビライ」なのかという問題。
「汗」は日本語の音読みでは「カン」ですが、今の北京語では「ハン」です。フビライとクビライでも「h」と「k」で混乱が起きてます。こういった混乱はモンゴル側の発音上、ぱっと聞いて判断がつかないそうだからなのですが、最近の学者はクビライって言う人も多いそうなので、実際は「k」が正しいのかな。

また、「h」と「k」はそれぞれ無声軟口蓋摩擦音[x]と無声軟口蓋破裂音[k,k',kh]で、元々発声の仕方が近いためか混同や混乱が起きやすい発音とされます。漢語(中国語)方言でもこの特徴がわりと見られる気がします。

中原は時代を下るにつれて北方遊牧民にどんどん侵食されているし、歴史を見ている限りだと、特に今の北京付近はほとんどが北方遊牧民を祖先にしていると思うんですよね。←あくまで個人的な憶測です。
アル化が満州の方言であると言われるように、北京語が標準語になってから、「ka」だった字が「ha」になったとしてもあり得そうな気がします。
ただ、これと台湾で蛤のことを「ハーマー」と言うこととはあんまり関係ない気がしますね。



N「蚶」を調べる

オンラインの『閩南語辭典』でもう一回調べたら、「ハーマー」は「ha-ma」ではなく、「ham-a」。
そして漢字も、正確には『蚶仔』と書きます。『蛤仔』は便宜上の当て字だったようです。

そこで『漢典』で調べると、「蚶」の現代北京語音は「han1」となっています。
各方言は以下の通り。

◎ 粤語:ham1
◎ 客家語:
[台湾四県腔] gam1 ham1
[客英字典] ham1
[海陸豊腔] gam1 ham1
[客語ピンイン字彙] ham1
[梅県腔] ham1

ということで、大体どこも「ham」で一致していることが分かります。
そして『康煕字典』はというと、

【申集中】【虫字部】蚶 ・康熙筆画:11 ・部外筆画:5
--------------------------------------------------------------------------------
《唐韻》呼談切
《集韻》《韻會》呼甘切,𠀤音憨。
《爾雅・釋魚》魁陸。《註》《本草》云:魁狀如海蛤,圓而厚,外有理縱橫,卽今之蚶也。
《郭璞・江賦》洪蚶專車。《註》蚶則徑四尺,背似瓦壟有文。
《唐書・孔戣傳》明州歲貢淡菜、蚶蛤之屬。
又《集韻》沽三切,音甘。螺之小者。又胡甘切,音函。義同。或作蜬、魽。


「蚶蛤之屬」と言っているので、蛤の仲間だということですね。『集韻』の「螺の小さきもの」は、法螺の「螺」、つまりツブ・ニシ・サザエといった巻貝の小さいものという意味なんでしょうが……蛤って巻貝じゃないと思うんだけど、そこのとこどうなんだろう。
晋の郭璞『江賦』の注はもう少し具体的で、「蚶とは(直)径四尺ほど、背には瓦葺(屋根)に似た紋様がある」と説明があります。

以下、「蚶」に関する史料をピックアップ。

郭璞『爾雅疏』巻第九

  魁陸釋曰即魁蛤也。見『本草』注、『本草』至蚶也。釋曰案『本草』蟲魚部云、魁蛤一名魁陸、生東海、正圓兩頭、空表有文。陶隠居注云、形似紡軖(音狂)、小狹長、外有縱横文理、云是老蝙蝠化爲者是也、云即今之蚶也者、案字書云蚶蛤也。出會稽可食是也。然則又一名蚶也。
  (魁陸とは魁蛤のことである。『本草綱目』の注を見ると『本草』は蚶に至っている。『本草』蟲魚部は「魁蛤は一名を魁陸と言い、東海に生息し、丸くて頭が二つあり、表面には文様がある」と言い、 陶隠居の注は「形は紡軖(音は狂)に似ており、小さく細長く、外には縦横の柄がある」と言い、「これは老いた蝙蝠が化したもので、すなわち今の蚶である」と言う。字書を見るに、「蚶蛤」のことだろう。会稽より出たものは食べられる。またの名を蚶という)

南北朝 孝元皇帝『金樓子』巻一(清・知不足齋叢書本)

  晉惠帝昬、酒過常、毎見大官上食有蚶、帝慘然作色、曰自今勿復制此、糜費人力。
  (晋の恵帝は暗愚で、酒が過ぎるのは常のこと、毎度太官〔皇帝の食膳担当官〕が献上する食膳に蚶があるのを見ると、悲嘆にくれて色をなし、「今後二度とこんなものを作るな、人力の無駄だ」と言った)

唐 白居易『白氏長慶集』白氏文集巻第六十一(四部叢刊景日本翻宋大字本)

  明州歲進海物、其淡蚶、非禮之味、尤速壞……
  (明州〔寧波〕は毎年海産物を朝貢していたが、その淡蚶〔?〕は卑しい匂い〔臭い?〕がし、特に傷むのが早い)

唐 韓愈『詳注昌黎先生文集』文集巻三十三墓誌(宋刻本)

  明州歲貢海蟲、淡菜、蛤蚶,可食之屬(蛤、蝦屬。胡合切。蚶蜯属、音火甘切。嶺表録異曰、盧鈞鎮南海、改蚶子為瓦屋子、土人重之、呼為天臠灸。)
  (明州が毎年貢ぐ海蟲、淡菜、蛤蚶は食用類である(蛤は蝦の仲間で胡合切〔k+ah〕。蚶は蜯の仲間で音は火甘切〔k+an〕。『嶺表録異』には、盧鈞が南海を鎮め、蚶子を改称して瓦屋子とした。地元の人はこれを重じ、天臠炙と呼んだ
   ※この最後の部分は文字の移動?が起きてて、『殻の中の肉を天臠〔肉〕といい、広人〔広州人?〕はこれを炙って酒の肴にした』とか『天臠を焼いたものを俗に天臠炙と言う』など、史料によって書かれ方が分かれてます)

唐 杜佑『通典』巻一百八十八邊防四(清武英殿刻本)の婆利(国伝)の項

  海出文螺紫貝有石、名蚶(火談反)貝、羅初採之柔軟、及刻削爲物乾之、遂大堅彊。
  (海から出る螺旋模様の紫貝は中に石があり、名を蚶(k+an)貝羅という。採りたての時は柔らかく、削って物品〔?〕を作り、これを乾かせば、やがて大きくなり堅強になる)




古代中国人の蛤像


古代中国人は「蛤」を何だと思っていたのか。

1.蛤は蜃の仲間。大きいものを蜃、小さいものを蛤と呼ぶ
  または大蛤を蜃と言う

2.九月に雀が大水(海)に入って蛤となり、十月に雉が入ると蜃になる
  或いは、千(or十)歳の雀が蛤となり、百歳の燕が海蛤になる

3.虫に従い、合の音、古沓の反(コウ)
  また今では上下ではなく左右に分けて書く

4.魁蛤=魁陸、又の名を累は、蝙蝠が変化したものである
  魁陸は蚶子とも言い、俗に瓦楞子とも呼ばれる

5.魁とは蛤に似ていて、縦横の縞があり、蚶とも言う
  宋人は瓦屋子と言い、淅人はこれを食べる
  またの名を瓦隴子というのは、その縞模様から名づけられたのである

6.蛤とは蒲盧(ガマとアシ)である
  満月は蚌蛤の実、新月は蚌蛤の盧である
  蛤梨は海蚌のことである

7.蚌は蜃である。あるいは似ているが別のものである

8.秦では牡蠣のことを蛤と言う

9.桂林では守宮の大きくて鳴くものを蛤解、江東人は蛤蚖、汝南・潁水人は蛤〔歠の右+鳥〕と呼んだ
  おそらくトカゲのことであろう


■以下メモ:

*『』はタイトル、《》は書名、【】は割注、〔〕は一字の漢字
*漢字は基本当用漢字。たまに繁体字。
*標点本なしにつき、自分で句読点打ちましたので、間違ってるかもしれません。

『説文解字真本』
蛤:蜃属、有三、皆生於海、千歳化為蛤、秦謂之牡蠣。又云、百歳燕所化。魁蛤、一名復累、老服翼所化。従虫合声、古沓切。

『説文解字~』(名前忘れた)
蛤:蜃属【属而有大小別】、有三【目下】、皆生於海【三者生於海、別於生淮者也】、厲千歳雀所匕【千当作十、雀十歳則為老矣、《月令》所云爵入大水、為蛤也。】化為蛤、秦謂之牡蠣【《本草経》蟲魚、上品有牡蠣】。海蛤者百歳燕所匕也【《本草経》蟲魚部、上品有海蛤。《陶隠居》云:以細如巨勝潤沢光浄者好。《図経》云:久爛者為海蛤、未爛有文理者為文蛤也、此又其一也。】。魁蛤、一名復累、老服翼所化【服翼、蝙蝠也。詳《爾雅》《方言》《釈魚》。魁陸、注曰:《本草》云:魁、状如蛤、円而厚、外有理縦横、即今之蚶也。按宋人謂之瓦屋子、今淅人食之、亦名瓦隴子、以其紋理名之、此其一也。以上三十二字、今本有訛、奪依《爾雅》、音義正。】。従虫合声、古沓切。

『説文解字』段玉裁注:
蜃:大蛤【依《鈞会》有此二字、羅氏願曰:《月令》:九月雀入大水為蛤、十月雉入大水為蜃。此雀所化為大、故称大蛤也。按鄭注、《礼記》曰:大蛤曰蜃。韋注:《国語》曰:小曰蛤大曰蜃。高注:《呂覧》曰:蜃、蛤也。高渾言之、鄭・韋析言之。蜃與蚌雖属而別。郭注:《爾雅》云:蚌即蜃、蜃之用詳於《周礼》、《左伝》玉部曰:珧、蜃甲也、所以飾物。〔王劦〕、蜃属、天子佩刀玉、琫・珧・珌、士、〔王劦〕・琫・珧・珌。】

『説文通訓定音』
蛤:今字作、左形右声。按魁蛤即《爾雅》之魁陸。亦曰蚶子、俗名瓦楞子。《廣雅》釋魚:蛤、蒲盧也。《字林》月望則蚌蛤実、月晦則蚌蛤盧也。《礼記》:月合、浜爵入大水為蛤、《晋語》:雀入于海為蛤。《漢書》地理志:果蓏 臝蛤、注:蛤梨、海蚌也【仮借、双声連語。《方言》八:桂林之中守宮大者而能鳴謂之蛤解【似蛇医、而短身有鱗采。江東人呼為蛤蚖、音頭頷、汝潁人直名為蛤〔歠の右+鳥〕、音解、誤声也】。按唐劉恂《嶺表録異》云:首如蝦蟇、背有細鱗如蚕子…(後略)】

『方言』
守宮:秦晋西夏謂之守宮、或謂之蠦〔虫廛〕【盧廛両音】、或謂之蜤易【南陽人蝘蜓】 ~中略~ 桂林之中守宮大者而能鳴謂之蛤解【似蛇医、而短身有鱗采。江東人呼為蛤蚖、音頭頷、汝潁人直名為蛤〔歠の右+鳥〕、音解、誤声也】

『廣雅疏証』
蛤(閤):《廣雅》:蛤解、蠦〔虫廛〕蜥蜴也。蠑栄、螈原、蚖字異音義同。注内蛤蚧、音頜頷、各本訛作蛤蚖、《永楽大典本》訛作音頭額。《広韻》:蛤頜同音、其頜字注云:頜頷頤旁、今拠以訂正。又真名為蛤解、音懈、各本訛作真名為蛤歠、音解。従曹毅之本。


そういえば中国の古い思想の一つに、この世は巨大な蜃の溜息と夢で出来ているっていうのがあります。蜃がまどろんでいる内は世界は安泰、けれども蜃が目覚めると消えてなくなってしまう砂上の楼閣、みたいなの。何で貝なのかはチャイニーズミステリーです。考えてみれば蜃気楼とはそこから来ているのですね。

大きいものを蜃、小さいものを蛤(原字は合が上、虫が下)と言うところまでは分かるとしても、昔の中国人の発想では、何故か九月に雀が海に入ると蛤になり十月に雉が海に入ると蜃になるらしいですよ。それとか、蛤は千歳の雀が変化したものだとか海蛤は百歳の燕が変化したものだとか。何で鳥?

そのほかにも「蛤」はカエルだったりヤモリだったり、忙しいですね。

「魁陸」の別名「蚶子」はやはり蛤の意味で今でもある地方で使われているし、『漢書』地理志の「蛤梨」は今の「蛤蜊」のことなので大昔からあった呼び名というのは結構残ってるんだなあと感心しました。
ちなみに「蛤梨」は「海蚌」のこと。
蚌とは蛤に似ているが別のものともされるし、あるいはカエルの一種ともされる。でも字の意味は「とぶかい(飛ぶ貝)」なのでさしずめカエルみたいに砂浜を飛ぶ貝、という意味なのでしょうかね。