―――迅速に決着を。
 ところが、そう望む戯孟をあざ笑うかのように戦は一向に進まなかった。
 いつもならばこの程度の兵力差であればすぐに潰せる。
 しかし敵もさすがに五雄の一と言うだけはある。なかなかにどうして、そう簡単には通してくれない。数では適わないと踏んだのか完全篭城を決め込んでいた。予想していたことではあったが、それでもやはり一旦篭もられてしまうと厄介なのである。兵法でも攻城戦は基本的に不利とされる。城壁は強固でこれを攻めるのは骨が折れるのだ。特に尭の石造りはその頑強堅固さで有名だった。
 敵は城内に篭りながら時間を稼いで援軍を待つつもりなのだろう。そしておそらくは、同時にこちら側を兵糧攻めにする心算なのだ。常套手段ではある。向こうがたっぷりと糧食を保持しているのなら尚更だ。数で劣る自軍側の被害を抑え、相手を追い込む。時という人間の手には及ばない無常の存在が、戦をしてくれるのだ。これほど好都合なことはないだろう。
 尭軍は城から一向に出てくる気配もなく、進撃すれば上から岩や矢を雨のごとく降らしてきた。
 攻城戦には古の兵法書に曰く「攻城十二法」と呼ばれる攻略法がある。すなわち臨、鉤、衝、梯、堙、水、穴、突、空洞、蟻傅、轒輼、軒車の十二種で、それぞれ、城壁の下に盛り土して山を築き高低差を埋める法、鉤縄を城壁に引っかけて登る法、雲梯で城壁を乗り越える法、衝車で門壁を破る法、堀を埋める法、水攻め、地中に隧道を穿って攻める法、虚を突く法、城壁に穴を空ける法、人海戦術で集中攻撃、四方を矢避けで覆った車で攻める法、櫓つきの背高の車で攻める法であるが、これらを熟知している戯孟は状況に合わせ使い分けしてきた。衝と轒輼を組み合わせた矢避けつきの衝車を突撃させたり、まず穿った隧道に堀の水を逃し、空堀の中から城へ向けて別の隧道を掘り進めるなどしたが、いかんせん夕燕城一帯の地盤は巌のごとく頑丈だし、鉄製の門や硬土から造られた城壁はあまりに堅く、歯が立たない有様だった。
 攻城と守城は粘りの勝負である。どちらかが根負けすれば、それまでだ。
 戯孟は兵糧を管理する長を呼び、あとどの程度食料が残っているかと訊いた。
 果たしてあとどれくらいもつか。
 戯孟は脳内で素早く計算する。
 遠征前にかなり多く用意はしていたのだが、遠征を始めてから大分経っていたし、道中で輜重隊が襲われたこともあり、かなり少なくなっているはずだ。
 輜重隊長の話だと、何とかやりくりすればあと少しは延ばせるということだった。が、それもやはり時間の問題だろう。こうして二の足を踏んでいる間にも、食料はどんどん少なくなっていく。
 さてどうしたものかと、戯孟は頭をひねった。




 ウーミンは手元の碗を見ながら考え込んでいた。
 碗の中には湯気を立てる雑粥に、申し訳程度のおかず。
 背後ではさっさとしろと怒鳴る調理兵の野太い声が響き、辺りには座り込んで無心に食料を貪る兵たちが多く屯している。
 その中でウーミンだけは箸を片手に黙然と碗の中を見つめていた。

 ―――少し量が減っている。

 明らかに分かるという程ではなかったが、少しばかり勘のいい者ならすぐに気づくだろう。
 人間一人が摂取する理想的な穀物の量は、1年を12ヶ月、ひと月を30日として、年に36斛(360斗)―――つまり1日につき1斗(約2L)とされる。 だが、実際に兵士に配給される食糧は、1人につき1日穀物7升(約1.4L)が相場だった。
 しかも食糧が不足してくると、当然その配給量を少しずつ削減しなければならなくなる。
 その仕方として、36斛を基準にその2/3、1/2、2/5、1/3―――というように配給量を削減する方式があったが、実際の兵士の数やその時の配給量によってまたそれは変わってくる。
 実際的な例で言えば、包囲されて兵糧が欠乏した場合、1日に2升(約0.4L)配給する日を20日、3升(約0.6L)配給する日を30日、4升(約0.8L)配給する日を40日と置き、合わせて90日を耐える方法があった。
 だが、一般的に老人や貧窮者への福祉的支給が穀物5升(約1L)であることから鑑みれば、5升が生活の最低限である。
 それを下回る量は、連日戦場を駆る兵卒にとっては辛い。
 今のところはそこまでではないが、これ以上減るとなれば―――

「おやウーミン、食が進んでねぇな」
「食欲がねえってんなら俺が食ってやるぜ」

 同じ隊伍の仲間が遊び半分に泥汗まみれの顔を覗き込ませてくる。

「結構、結構」

 伸ばされてくる箸を箸で弾いて牽制しながら、ウーミンは笑顔で碗を腕の内に掻き込んだ。

(こりゃ本格的にまずくなってきたのかな)

 ウーミンは小首をかしげ、味気ない粥をすすった。
 戯孟はここまで順調に進んできた。彼は戦に関して勇猛果敢であると同時に、智謀についても抜きん出ていた。
 だから時には大胆な策を考え、自ら最前線に立って―――さすがにこればかりは滅多なことがない限りしなかったが―――大勝利を収めることもあった。
 そしてそのたびに、敵軍を吸収しながら戯軍は数を増してきた。戯孟は投降してくる者には寛大であり身の安全を保障したから、呼びかけなどを行うと続々と敵兵たちが降りてきたのだ。それが逆に兵糧の問題を早くに生むことになったともいえる。
 まだ目立たない程度だが、そのうち徐々に一回量が少なくなっていくだろう。
 少しくらいならいい。だが、あまり減りが際立つと、いずれ兵たちの間で不満が出てくる。
 それだけではない。不充分な食糧補給が招くのは、確実なる体力と気力の低下。
 ウーミンは静かに目を伏せる。
 さしもの戯孟も、これには頭を悩ませていることだろう。だがあまり悠長に考えている時間もないはずだ。
 正面突破が困難となれば、奇策を用いて敵城を落とすしかあるまい。
 ウーミンは何ごとか思案し、顔を上げた。
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