「おっと」

 男は足元に来た正面の敵兵の槍の攻撃を、両足飛びでひょいと躱した。粗雑なつくりの麻服の裾がひらりと翻る。
 獲物を逃した槍の穂先は、そのまま地面へと鈍い音を立てて突き刺さり、しかしすかさず獲物を仕留めるべく再び柄が振り上げられた。
 荒野に鬨が響き渡る。ここは戦場だ。
 対峙するのは、五雄のうち、堯と慶の軍勢。
 ともに将領は、張斯(ちょうし)戯孟(ぎもう)である。




 高祖鄭奇に始まり、長い間東の広大な土地と人民を支配してきた韓の王朝は、時の流れとともに内から少しずつ腐敗し、崩壊の序曲を奏で始めていた。
 皇帝の権威はすでに地底にまで失墜し、宦官と呼ばれる後宮に仕える去勢された官たちが宮中を専横し始める。彼等は皇族の世話役という地位を利用して実権を握り、主たる若い皇帝を欲望のままに操った。
 漂う改朝換代の風潮。
 そして、時が乱れ揺れ動く時にこそ現れる英雄たち。
 次々と頭角を現す人傑は連なる珠玉の如く栄枯盛衰を極める。群雄割拠の舞台上で、勝利して台頭する者もいれば、敗北して消え去る者もまたいた。
 競い合い淘汰され、やがて浮き彫りになる5つの勢力。

 西南の喬侯、名は孫胥(そんしょ)、字を子雲。
 西北の堯侯、名は張斯、字を韓臣。
 東北の祁侯、名は皇甫圭、字を伯安。
 東南の胡侯、名は呂伯、字を蒿巌(こうがん)
 そして中央の慶侯、名は戯孟、字を志明。

 ある者は中央大官、ある者は州の長官たる州牧、またある者は県の長官たる県令、そしてまたある者はしがない藁細工売りであったのが、やがてそれぞれの志、あるいは野心を胸に、戦を交わし、刃を交える。五つの勢派に分かれた彼らは、そこから更に天下の覇権と和平を追い求め、更なる戦乱を繰り広げた。
 その様を後の歴史編纂家たちはこう呼んだ。
 五つの雄が競い合いながら大陸と勢力を五分にした時代。
 すなわち、五国時代と―――
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