大勝利した夜の宴は大概騒がしいものである。勝ちを祝う酒宴で、各たる武将をはじめとして、兵卒たちがわいわいがやがやと楽しげに酒を酌み交わし、大いに盛り上がるからだ。 己の武勇伝を赤ら顔で自慢げに披露する者もいれば、故郷で待つ家族のことを湿っぽく語る者もいる。さすがに軍律が厳しい中で暴れ出す者などはいないが、そこら辺で適当に寝てしまう者や、耳鼻まで真っ赤にして大声で歌を歌う者は少なくない。何せむさい男どもしかいないものだから、はたから見るとなんとも暑苦しいばかりである。 しかし、そこは男にしか分からない楽しさというものもあるのだ。殺伐とした現実に身を置くからこそ、そこに刹那の命の輝きを見出す。生を謳歌する。そしてまた生と死の境に立って闘う。今日は生き残った。明日は死ぬかもしれない。その合間の、達成感と感傷の一時。 あたりは熱気と陽気に溢れて返っていた。 そんな中、ウーミンは一人、外でぶらぶらと歩いていた。 夜風にでもあたろうと、それまでいた幕からそっと抜け出してきたところだった。幕の内側は人々の陽気で熱いが、さすがに外は夜というだけあってひんやりと涼しい。酒を嘗めて程よく火照った身体には、その冷涼さが心地よい。 点々と置かれる幕の間を縫いながら、夜空を眺めつつ、口笛などを吹いたりする。酔ってはいない。足取りも頭もはっきりしているし、顔色も素面同然である。 赤っぽい暖かな光の漏れる各幕からは時折どっと笑いの沸き起こったり、歌などが聞こえてきたする。その楽しげな様子に、ウーミンはふと口元に柔らかい微笑を浮かべた。 「おお、ウーミンじゃねぇか」 丁度通り過ぎようとしていた幕の入り口付近から、呂律の回らぬ声で呼び止められた。目をやると、顔面を真っ赤に染め、へべれけ状態になった男が顔を覗かせている。 名は忘れたが、何度か話した記憶がある。ウーミンは軽く手を上げて「よう」と挨拶した。 男は酒に呑まれてへろへろになりながらも声を掛けてくる。 「なにしてんだぁ?」 「ちと酔い覚ましにな」 「んだ、つまんれぇ。宴は始まったばかりだぜ」 始まったばかりで男はもう大分出来上がっている。ウーミンは苦笑した。 「あんまり飲みすぎるなよ。明日もあるんだからな。二日酔いで足元おぼつかないじゃあ、誇り高き慶兵の名が泣くぞ」 わかってらよぉ、そんなこたァ―――と男は全く説得力の無い声で笑った。そして乾杯でもするように盃を掲げて、 「おい、こっち入れよ。一緒に飲もうぜ」 そう言うと、ウーミンの応えを聞く前に幕の中の人間に顔を向け、おーい、腰抜け弱虫のウーミンがきたぞーっと大声で叫んだ。 するととたんに中から、入れや飲めやの声が殺到する。不名誉なあだ名で呼ばれながらも、あまりの大合唱にさすがに断りきれずにウーミンは再び苦笑した。 促されるままに中に入ると、どっとむせ返るような熱気と酒気が押し寄せてくる。見れば、男だけでなく皆殆ど出来上がってしまっている状態だった。 入り口近くの適当な空間に座ると、右隣の男が盃を渡してきた。それを礼とともに受け取れば、今度は酒を注いできた。 「おうウーミン、よく生きてたなぁ。おめぇみてぇな間抜けな野郎は、てっきりもう死んじまってると思ってたぜ」 酌をする男が気さくに話し掛けてくる。確か同じ隊伍の兵卒だ。伸びっ放し伸ばしっ放しの鬚のせいで一見にはそうと判じがたいが、まだ年若く、ウーミンとさほど変わらない年齢だったはずだ。 そんな青年兵に軽く笑いかけながら、 「おかげさまでまだこうしてちゃんと生きてるさ」 片足を軽く上げて指差す。青年が年齢に合わず豪快に笑った。するとまた他のところから声があがる。 「そうそう、だってこいつ、今日俺の足引っ張ってよ、危うく殺されかけたんだぜ」 「俺なんて横から思いっきりぶつかってきやがったんだぜ。全く、悪運だけは強いよなお前」 散々な言われようである。だが悪意というよりはむしろ親しみとからかいをこめられて言われる文句に、ウーミンは酒を飲みながら笑顔でそれを受け流していた。 仲間達はなおも口々に言う。 「色男、金と力はなかりけりってか?」 「確かにお前貧乏そうだもんな」 どっとみなが爆笑した。あちらこちらでちげぇねぇ、と賛同の声があがる。 「貧乏そうとはひどいな。でも色男ってのはうれしいねぇ」 ウーミンはまんざらでもなさそうに顎を撫でる。二十歳も半ばを過ぎた顎には、残念ながら男の勲章たる鬚は一本も生えていない。 自分としては、鬚があったほうが少しは男ぶりも上がり箔もつくだろうと思っているのだが、こればかりはどうにも体質らしく、毛穴が狭いのか生えてくる毛が一本一本がひょろひょろと薄く細い。なので生えてもいまいち迫力に欠け、かえって情けない有様になるのだ。 それでも一時期は頑張って伸ばしてみていたのだが、あまりの似合わなさと輪をかけた貧弱さに我ながら涙が出そうだったので、それ以来剃ることにしていた。幸いと言うか否か、一度剃ると再び生え伸びるのに時を要するため、頻繁に手入れしなければならない面倒さはない。 だが、鬚面ばっかりの周りを見ていると、なんともなしに物足りなさを感じてしまうのも事実であった。女は髪というように、男は髭なのだ。髭がないのは宦官とさえ言われる時世である。 「故郷に恋人の三人や四人、五人や六人はいるんだろ~?」 多すぎである。 「そこまで遊び人に見えるか」 「見える見えるって」 「何人の女泣かせてんだ、この~」 ウーミンは小首を傾げて意味深に含み笑いをする。確かに女にはモテる方だという自覚はある。ウーミン自身も女は好きで、平時は道行く女達を軟派したり、夜の街に繰り出して遊んだりすることも多い。基本的に女には優しくが信条なので、さりげなく気の利いた言動や、また人懐っこい性格が女性陣に好かれるらしい。もちろん分かっていてやっている。そこは駆け引きというものだ。別にこちらから敢えて近づかなくとも、向こうから勝手に寄ってくるし、袖引き誘われることも少なくなかった。 「どんなのが好みなんだ?」 「何が?」 「とぼけんなよぉ」 口を尖らせて酒の匂いを撒き散らすその男にウーミンは苦笑し「さぁな」と答える。そういうことをあまり他人に語る性分ではない。というよりも、若干の好みはあるものの、誰か一人に執着するわけでもなかく、来るもの拒まずなので、何とも言えないといった方が正しい。 とどのつまりは、基本的にこだわらない性格なのであった。ただし気の乗らぬ時なのどは結構さっぱりと断るので、かなり気ままとも言える。女に言わせれば、そこが更に女心をくすぐるのだという。とはいえども結局は特定の恋人が居るわけでもなく、しがない男の独り身生活なのであった。 そんな話になったせいか、しばらくは家族の話や恋人の話、または有名な妓女の話などで盛り上がる。 「にしても、戯侯はよく今回の遠征に踏み切ったよなぁ」 ウーミンの左隣にいる男がぐいっと杯を仰ぎ、不意に思いついたように言葉を吐いた。 無精ひげを生やした痩せこけた男である。といっても、ここにいる大半が痩せこけた者ばかりなのだが。 男は大分酒が回っているようで、目がとろんと据わっているが、思考力はまだ完全には失われていないようで存外口調はしっかりしていた。 「ああ? なんのことだぁ?」 こちらはまったくよくわからないといった風に問い掛ける男。無精鬚の男の言わんとしていることが―――おそらく酔っているのを抜きにしても―――理解不能なのだろう。 同意を示す者も中にはいたが、大体は問い掛けた男と同じ気持ちらしく、疑問符を浮かべている。 彼はそんな仲間の赤ら顔を見廻しながら説明する。 「だってよぉ、考えても見ろ。今や韓は五つの勢力に分断されてるんだぞ。一つは俺等慶で、もう一つは堯で、それを抜いて残り三つ。どいつもこいつも相手の隙を虎視眈々と狙ってやがる。こんな遠征なんかしてたら、背後狙われて挟み撃ちになりゃせんかね。下手すりゃすっからかんからっぽの都を獲られちまうかもしんねぇ」 それを聞いて、ああ、そういやそうだなぁと言う声がちらほらと聞こえてくる。 「おれにゃあ、上の御方々の考えてることは到底分かりゃせんが……大丈夫なのかねぇ」 男はおぼつかない手つきでずずっと酒をすすり、また瓶首を掴んで酒を注ぎ入れようとする。 「大丈夫さ」 ふいに響いてきた涼しげな声に、思わず手を止め顔を上げる。そんなに大きな声だったわけではないが、何故か皆一瞬気をとられた。 |