不細工な猫をつれた高校生と思わしき少年は、名を夏目と名乗った。 身体に戻った青嵐は、鼻を赤くしながら半眼で一人と一匹を睨んでいる。 律は溜息をつきつつとりあえず愛想良く笑ってみた。 「お、驚かせちゃってごめんね。うちの父親ちょっと変わってて・・・・・・」 変わってるって言うか、確実に死んでましたよねさっきまで。 夏目の引き攣った顔が如実にそう語っているが、律は気付かないふりをする。 「ところで猫大丈夫? 悪い、いきなり飛びかかってきたからびっくりしちゃって」 ちなみにバットは二階を探索している最中に、子供部屋らしきところで発見し、拝借してきたものだった。やはり使い慣れた武器の方が反応しやすいと思ったのだが、こんな状況で発揮されるとは思いもよらなかった律である。 「い、いやこっちこそごめん。うちの猫もちょっと変わってるから・・・・・・」 夏目は斜め横に視線を逸らして苦し紛れに言ってみた。 「変わってるって言うか・・・・・・」 律はちらりと夏目の横でぷりぷり怒りを燃やしている猫を盗み見る。 しゃべる猫は変わっている以前の問題なのでは。 「くぉら律! 変わってるなんて話で終わるんじゃない!」 『そうだぞ夏目!』 被害にあった当の妖たちはすでに繕うことを止めて、互いに詰め寄ってくる。 二人ははぁと揃って額に手を当てた。 『この怪しげな奴め、お前が人間じゃないってことは分かってるんだからな』 「そいつはこっちの台詞だ。不細工な招き猫の分際で」 『ゾンビ野郎に言われたかない』 「なにおう、この猫又めが」 『猫又じゃない!』 「やめろ青嵐」 「ニャンコ先生もそれくらいにしろ」 言い争う妖たちを、人間組で宥める。青嵐と先生はなおも歯を剥きあっていた。一見おっさんと猫の睨みあいなだけに異様な光景だ。どうやら相性は悪いらしい。 「・・・・・・確かに、こんな状況で誤魔化したってしょうがないか」 律は諦めたように溜息をついた。夏目に向き直る。しかしどう切り出したものかと悩んだ。 言葉を探している律に、夏目の方が先に、半ば芒洋として口を開いていた。 「―――君も、見えるの?」 その問いに律が一瞬戸惑いを見せた。こう面と向かって改めて問われたことがないだけに、どう答えたものか迷う。 「悲しいことに、昔から体質みたいで」 曖昧に笑う。誤魔化したというより色々端折った。自分の場合は明らかに祖父の遺伝なのだが、そこまで説明することもないし、面倒である。 「えっと夏目だっけ。それで、君はどうしてここに入ってきたの?」 夏目は「それが」といささか困った調子で、ここに閉じ込められるまでのいきさつを語る。 「縁側が?」 律と青嵐は顔を見合わせる。二人の知る限り、縁側はずっとガラス戸は閉じたままだったはずだ。別の出口はないかと探し回ったのだから、それは確実だ。結果、窓も戸も引けど押せど開かず、ガラスさえも割れなかったのである。 「大体にして何でお前も勝手に身体から抜けてるんだよ」 じとりと半眼になって青嵐を睨む。 「いや、あまりの暑さについ、な」 「腐ったらどうしてくれるんだ」 若干怒り気味の律にも青嵐は素知らぬ風だ。全く、人の父親の身体なのだからもっと大切に扱ってもらいたいものだ。そう言ったところでこの妖に通じるとは思えないのが悲しいところである。 「飯嶋、こそ、なんでこんなところに」 律が呼び捨てにしたからか、一瞬迷ってから夏目がそう訊いてくる。 「僕もよく分からないんだよ。桃を届けに西山さんって人の家を尋ねたつもりだったんだけど」 気づけばあれよあれよと此処に閉じ込められてしまった。 試しに尾白や尾黒を呼んでみたが、飛んで来る気配がないところを見ると、ここは外の世界とは隔絶された異空間なのかもしれない。 「なんだか嫌な気配は感じるんだけど、原因が分からなくて」 「俺も・・・・・・」 夏目がさっと顔を上げて同意する。 やっぱり分かるんだな。 律は変に感慨深い気分になった。一目見た時から夏目に強い霊感があることには気づいていた。しかし親族以外でこれほどの力を持つ人物に、それも同い年くらいの少年に遭遇したことがなかったから、顔には出さぬまでも少し驚いている。 「何でこんなことに」 がっくり頭を抱えた律に、青嵐が「印だ」と呟いた。 「印?」 顔を上げた律と興味を示した夏目に、やれやれと青嵐は胡坐をかき直す。ビシリと指を立てた。 「私にさえ気づかせずに誘い込めたとすれば、お前に何か『印』がつけられていたからだ。烏天狗どもの糞と似たものさ。己の印をつけることによって内と外をつなぐ『道』を作り、当人の知らぬ間に巣まで手引きする」 「けど印って・・・・・・」 記憶を巡らし、はたと気づいた律は咄嗟にポケットを探った。 開いた掌に乗るどんぐりの実を覗きこんで、「それだな」と青嵐は鼻を鳴らした。 それを目にした夏目も、慌ててポケットから同じものを取り出す。 「・・・・・・」 お互いにそれを見ながら沈黙する。 かの森の主が出てくる有名なアニメ映画じゃあるまいし、まさかどんぐりで。 どんぐりで誘い込まれたなんて。 この上煤渡りが出てきたら笑うしかない。 『何故拾ったんだ、馬鹿者め』 「全くじゃ」 用心棒の冷たいコメントに、二人はぐうの音も出ない。 律は早々に原因追究を放棄し、現状打開の方へと頭を切り替えた。 「ともかく、こうなってしまったのはしょうがないし、どうやって外へ出るかを考えよう」 夏目も賛同を示して頷く。 その時だった。 ドンッと床が落ちた。 |