提灯の誘導で、出口を見つける。戸を引けば、その先には元の西山家の廊下が伸びていた。

「よくもののけ提灯なんて持っていたね」

 律が青嵐を見やれば、「尾黒のじゃ」とふんぞり返った。どうせまた碌でもない目的で強引に借りたまま返していないのだろうと当たりをつける。しかし今回ばかりはナイスタイミングだったと褒めてやりたい。ニャンコ先生が『いいなぁ』と提灯の周りを物欲しげにうろついている。

「で、身体は?」
『知らん』
「ちょっと、人の父親の身体なんだから大事にしてくれよ」
『事が済めば自ずと出てくるだろう』

 本当か?と怪しんでいると、夏目が飯嶋、と呼びかけてきた。

「実は伝えたいことが」
「そうだ、丁度僕も言いたいことがあったんだ。封印の呪具のありかが分ったよ」
「え?」

 夏目は目をパチクリさせた。自分の件は忘れてしまった様子で勢い込む。

「本当か。どこなんだ?」
「多分ここ」

 言いながら、立ち止まって襖を開ける。
 そこは最初に彼らが鉢合わせをした、あの広間だった。もののけ提灯のおかげで今度こそ惑わされることなく目的地に辿り着けたらしい。
 仕切りを開け放った広い座敷の中央を突っ切り、律はあるところで立ち止まった。

「この下だ」

 足許を見下ろす。つられて夏目もその視線の先を追った。

「畳の下?」

 しかしよく観察すると、そこの一部だけ様子が違った。通常の一畳畳と異なり、小さい正方形の溝がある。
 律は溝の端から除いていたタコ糸のような紐を引っ張った。四角い畳の一部がパコッと浮く。取り外すと、下には火鉢のように灰が詰まっていた。

「囲炉裏?」
「茶道で使う炉だよ。秋冬にはここに炭を入れて上に釜を置くんだ」
「よく知ってるな」
「うち、祖母と母が家でお茶を教えているからさ。何度か無理やり参加させられて見たことがある」

 と言いながら、消し炭と灰で黒白まだらになった山を手で掻きわける。昨今の炉は安全面や利便性からフェイクで、実際は電気コンロであることが多く、律の家でもそれを使っている。なので本格的な炉の構造は知らないが、こんなに深さのあるものなのだろうか。柔らかくサラサラと崩れていくのに悪銭苦闘しながら深く深く掘っていくと、ようやく指先に固いものが触れた。掻き出すと、それは両手で抱えられる程度の常滑の壺だった。紐が緩み蓋がズレている。上から張ってあったと思わしき封印の札はぼろぼろに千切れ、欠片がへばりついていた。

「お祖父ちゃんの字だ」

 わずかに残った切れ端の毛筆を見て律は確信する。祖父がこれを炉の下に安置したのは、浄化の火と清めの灰で鎮めるためだったのだろう。

(でも一体、誰が封印を・・・・・・?)

 千切れ方からすると、自然に劣化したものというより、誰かが無理やり剥ぎ取ったかのような痕だった。

「よく場所が分かったな。でもどうやって気づいたんだ?」

 夏目は感心と安堵の混ざった顔で言いながら、首を傾げる。

「ああ、うん。まあ、夢・・・・・・かな」
「夢・・・・・・あ!」

 そうだ、と夏目はようやく思い至り、壺を抱える灰塗れの律に向き直る。

「思い出した。俺も見たんだ、夢」

 息せき切って言えば、その勢いに律は目を瞬かせながら「どんな?」と尋ねた。

「多分、あの亡霊の過去。この家で、何が起きたのか―――

 そう言い差した瞬間、律の目線が動き夏目の肩越しの向こうに釘付けになった。口が開く。

『夏目!』

 律が動くよりも早く、横合いからニャンコ先生が二人へ体当たりをした。横ばいに倒れた二人の頭上で、鉈が空を切る。
 二人縺れ合うように転がり起き上がりつつ、そちらを向く。シャツに短パン、むき出しの二本脚。そして手に握られている血濡れの凶器。

「あいつだ、あれが元凶だ」

 夏目は瞳に恐怖を浮かべながら、緊張した声音で囁いた。だがその先を続けようとすると、脚がこちらに迫ってきた。鉈を振り上げ走ってくる。

「逃げろ!」

 あわあわと二人で身を庇いながら広間を逃げ惑う。だが音もなく凄まじい速さで追ってくる鬼を振りきることはできない。冷たい霊気とどこまでも暗い怨念の気配が間近に迫りどくどくと心臓が早鐘を打つ。

『失せろ!』

 果敢にニャンコ先生が体当たりを噛ますが、鉈の先で打ち払われる。ぎゃ、と潰れた声が上がった。

「先生!」
「夏目、危ない!」

 思わず振り返ってニャンコ先生の許へ行こうとした夏目の横に影が差す。律は咄嗟に夏目の腕を引っ張った。背筋が凍る。影は自分の頭上にも―――
 思わず目をつぶった瞬間、眩い雷光が走った。

『こら、こいつに手を出すんじゃない!』

 頬に風を感じる。同時に、ガキッと固い音がした。
 瞼を上げれば、自分たちの周囲をぐるりと囲うようにとぐろを巻く鱗胴があった。
 霊気が掻き消える。ほっと胸を撫で下ろすと、

『イッテー!』

 立派な見てくれを裏切り、龍姿の青嵐が涙目で情けない悲鳴を上げた。
 ニャンコ先生を抱えながら尻もちをついている夏目は呆気にとられている。

「青嵐、さっきの奴は?」

 鱗が剥げたとぶうぶう悪態を吐いている護法神に呆れながら訊く。
 青嵐は人型に戻ってもなお不満たらたらの口調で鼻を鳴らした。

『一旦退いたようじゃ。だが何度でも来るだろう。再び封印せんことにはな』
「封印」

 夏目が律を窺うと、律は腕に抱えた壺を見下ろした。

「多分できると思う。ただタイミングが・・・・・・」

 思案気に呟く律に、夏目は意を決した顔で口を開いた。

「なら俺が囮になる」

 続けられた提案に、『おい夏目』とニャンコ先生がいささか慌てたが、律の存命以外どうでもいい青嵐は「そうしろそうしろ」と無責任に賛成した。
 夏目はニャンコ先生を見下ろし、律に視線を戻した。

「俺が囮になって奴を引きつけて、飯嶋が封印する。これしか手はないと思う」

 律も緊張した面持ちで頷き返す。

『しかし問題はどうやって奴を誘き寄せるかだな』
「死霊を誘き寄せる方法・・・・・・」

 青嵐の疑問に二人とも一瞬考え込んだかと思えば、ほぼ同時に顔を上げ目を見合わせた。お互いが同じことを考えているのを確信しながら、指を差し合い異口同音した。

「『目隠し鬼』だ」




 彼は闇を彷徨っていた。手には冷たく重いものがある。指から離れないそれは、今や身体の一部だった。思考らしい思考はない。ただ思念と衝動だけがある。苦しい。苦しい。何故自分だけがこれほど苦しまなければならないのだ。この世のすべてが恨めしい。そうだ、消せばいい。すべてなかったことにするのだ。
 また侵入者が二人やってきた。早く殺さねば。誰にも奪わせない。これは彼の家なのだ。彼と彼の家族の。おや、家族はどうしたのだっけ。踏みしめる足の側にぽたりと赤い雫が落ちる。
 どうでもいい。消してしまえばまた元に戻る。侵入者は一体どこへ行ったのか。
 ふいに彼は音を聞いた。パンパン、と手拍子が鳴る。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

 音と声につられ、足を向ける。手が疼く。あそこに獲物がいる。この鉈をその脳天に振り下ろさねば。
 パン、パン―――鬼さんこちら―――
 開け放たれた襖を抜ける。声の出処を探し彷徨う。後ろの襖だ。少し開いている隙間から踏み入る。
 そこには少年が一人佇んでいる。さっき見た二人のうちの一人だ。
 男に真っ向から向かい、キッと見据えている。構えていた手を打った。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

 彼は鉈を振り上げた。少年はすい、と歩を引き、素早い身のこなしで走った。逃がさない。逃がさないぞ。
 少年は続きの一室の襖の間に滑り込んだ。彼は追いかけた。

「飯嶋!」

 少年が叫ぶ。空気に違和感を覚えギクリと止まる。後ろにもう一人の少年が立っていた。諸手に壺を持ち、開いた口をこちらに向けている。
 彼は初めて動揺した。あれは駄目だ。あそこは嫌だ。あそこは暗くて冷たくて淋しい。
 死霊が一瞬怯んだ隙を逃さず、律は息を吸った。

「大木真一郎、壺に戻れ」

 一息に叫ぶ。そこから言霊が生まれ、壺の底に凝っていた術の残滓が引力を取り戻した。
 彼は己の名を思い出した。同時に深い壺へと意識が吸い込まれていきそうになるのに必死で抗った。イヤダ、イヤダ、イヤダ。鉈を振り上げる。俺はそこへは戻らないぞ。俺の家はここだ。家族と一緒にいるのだ。誰にも奪わせやしない。
 呪力に無理やり逆らってこちらへ踏み込んできた二本足に、律と夏目の面が強張る。いかな血縁でも律では飯嶋伶の封印術を完全に再現するには及ばないのか。振り上げられた鈍い刃の光に僅かな絶望がよぎった。

『この物分かりの悪い死霊め』
『還るべき所へ還れ!』

 閃きとともに風を纏った龍が両脚の行く先を妨げ、光り輝く影が鉈をその顎に咥えた。

「先生!」

 ホッとした表情の夏目の隣で、律も瞠目してその姿を見上げる。毛並みも見事な獣の妖怪がそこにいた。強い波動が光に揺れる。これがニャンコ先生の本性か、と改めて凝視した。

『固ったぁ!』

 ところがニャンコ先生の本性こと斑は、鉈を噛み砕こうとした口をすぐに離した。折角格好よく登場したというのに全く情けないことこの上ない。
 一方凶器を取り戻した死霊は再び獲物に向かう。青嵐の身体を張ったバリケードも甲斐なく素通りした。あっと思い噛みつこうとするが、青嵐にはたとえ死に魂でも人間であったものは食べられない。
 律はままよとばかりに壺を向けた。こちらへ向かっていた死霊の動きが僅かに鈍った。
 ふいに、律を支えるように隣にいた夏目は耳の奥である声を聞いた。

「お父さん!」

 気づけば咄嗟に込み上げた言葉を叫んでいた。当の本人も、どうしてそうしたのか分からない。ただ衝動的に口にしていた。
 ―――お父さん
 死霊の動きが止まった。彼は壺の奥を窺っていた。真っ暗な中から声が聞こえる。お父さん、お父さんと呼ぶのは幼い男の子。
 それは遠い昔、彼が殺めた彼の息子。
 ―――ああ・・・・・・
 諦めの溜息のような、何かを思い出したような、そんな声が、黒く影に覆われ見えぬ口から零れた。
 そして死霊の影は壺の中へ飛び込んだ。
 律は持っていた蓋で素早く口を塞いだ。ガタガタと抵抗して動く壺を二人がかりで抑えつけながら紐でがんじがらめに縛り、その上に即席で作った札を張る。
 辺りの風景が変わる。歪んだ空間が元に戻ったのか、夏目と律は最初の時と同じく襖に仕切られた広間の中央に立っていた。最早家中に漂っていた悪い気が消えており、二人はその場にへなへな座り込んだ。

「や、やったぁ」

 夏目が力の抜けた声で喝采を叫ぶ。律も壺を抱えながら大きく息を吐いた。

「一時はどうなるかと思ったけど」

 呪具の効果は確かに残っていたが、死霊の執念は予想を遥かに上回っていた。使い手が異なれば効力の強弱にも差が出る。危ういところであった。

「でも夏目、よくあのタイミングで『お父さん』なんて叫んだね」
「俺にもよく分からないんだ。何かいきなり声が聞こえて、気づいたら」

 己のことなのに夏目は訳が分からず混乱していた。ふと己が垣間見た夢―――過去の映像を振り返る。そういえばあの時、青嵐は死霊が夏目の身体に入りこんだと言った。その霊とはもしかして、大木真一郎の息子だったのではないだろうか。あの子どもが、夏目に己の記憶とすべての真相を見せたのではないだろうか。そして死霊と化した父を前に、夏目の口を借りて呼びかけたのかもしれない。
 大木真一郎。悪霊の生前の名前を知りえたのもすべて夏目の見た夢からだ。

「戦中に徴兵されて南洋で生き残った帰還兵だったんだ」

 夏目は追憶しながら空しげに呟く。

 激戦の地で奇跡的に生き残った大木は、引き上げ後故郷に戻った。妻と二人仕事を求めて上京し、東京の郊外に家を借りた。それがこの家だった。
 ところが新時代と新生活の幕開けの中、大木は心を病んでいった。戦争中に多くの人間を殺したことが深い心の傷となり、いつも何かに脅え、大きな音に驚き、悪夢に魘され、いつしかノイローゼになっていった。恐らく神経が参ってしまっていたのだろうが、当時はそうした心の病に社会的な偏見があり、精神病棟の実態は世間から隔離された牢獄であったから、治療を受けに行くこともできなかった。
 大木は戦後復興を目指す社会の急流にも乗れず、仕事も長く続かずで、家に籠る日々を過ごしたが、やがて家賃が払えなくなり、高利貸しに借金を重ね、ついに首が回らなくなった。精神的にも経済的にも追い込まれ、最後には最愛の妻と息子を無理心中を図るに至った。ところが手にかけた無残な死体を見た途端、戦時中の記憶が蘇って恐怖と後悔でパニックに陥り、絶望の中で欄間に首を吊った。時代の犠牲者ともいえる一家の悲劇は新聞でも小さな見出しで取り上げられたが、暗い記憶はすぐに誰の脳裏からも忘れ去られた。

 しかし世間が忘れても、大木の無念は消えず、呪怨の魂は家に棲みついた。新しくやってくる住人は家の中に知らぬ誰かがいるような気配に脅え、次々と借り手を替えていった。
 やがて小さな男の子がいる一家が引っ越してきた。大黒柱の父親にとっては空前の好景気に大奮発した夢のマイホームだった。ところが数年後にバブルが弾けて会社が倒産。多額の負債を抱え込んだ父親は、倉庫にあった鉈で妻と息子を惨殺し、自殺した。
 外聞が悪いからと元の持ち主が改築して売り直したが、やはりどの家族も長くは居つかなかった。住人には事故や病気などの異変が続き、特に10歳前後の男の子がいる家族は悉く子どもの死をはじめ不幸に見舞われた。大木の息子が父親に殺されたのも、丁度10歳の頃だった。

「そうか、じゃああの二階の子ども部屋は」

 律がニャンコ先生と閉じ込められた部屋の内装を思い出す。恐らくは事件の後に移り住んだ家族の息子の部屋だったのだろう、そうして呪いに憑り殺された子ども達の霊の溜まり場となったのだ。
 曰くつきの家としてついに住み手がいなくなり、いよいよ困った大家は、伝え聞いた近所の霊能力者を頼った。それが飯嶋伶だったのである。
 しかし年月を経た死霊の妄執はことのほか根深く、また繰り返された悲劇が強い呪いとなり、伶の力を持ってしても悪霊を完全に調伏することができなかった。そこで術を施した壺に封印し、誰の手にも触れぬところへ埋めたのだった。

『蝸牛め、相変わらず中途半端な仕事をしおって』

 ふと気づけば、元の姿に戻ったニャンコ先生と青嵐が寄ってきていた。口からそれぞれ何かの残骸がはみ出ているが見ないことにする。ちなみにニャンコ先生は歯を痛めたらしく、痛い痛い言いながら咀嚼していた。

「青嵐、お前本当にその時のこと覚えてないのか」
『うーん、そういえばそういうこともあったような・・・・・・』

 律の問いかけに青嵐は首を傾げながら宙に視線を彷徨わせている。
 食い意地ばっかりで、全く当てにならない奴だと律は今更ながらがっくりした。

『まあ何はともあれ無事封印もできたことだし、一件落着だな』

 御苦労御苦労とニャンコ先生が他人事のように労ってくる。夏目も嘆息を禁じ得ない。

「何だかんだ言って、役に立ったような立ってないような」
『充分役立ってくれたとも』

 バキンと天井が鳴って響いた声に、二人はびくっと跳ねた。
 動悸を押さえながらガバッと振り向くと、きちんと正座する頭の大きな妖の姿。まるで最初からずっと動いていなかったように、初めて顕れた時と同じ所に全く同じ姿でそこにいた。

「や、家鳴り・・・・・・」
『やはり儂の目に狂いはなかった。半人前が二人揃って一人前。主らはよく働いてくれた。礼を申そう』

 家鳴りは表情一つ微動だにせず言う。一方的な話しぶりも相変わらずだった。

『これでようやく静かになった。めでたいことじゃ』
「それはどうも」

 夏目は素直に喜んでいいものか曖昧に笑った。その隣で律がすかさず口を開く。

「依頼はこれで果たしたぞ。約束だ、この家から出してくれ」
『おおそうじゃったそうじゃった。ほれそこに』

 家鳴りが家中をギシギシ言わせながら指差す。庭に面していたガラス戸がいつの間に伽開いていた。
 一日千秋というが、まさに久方ぶりとさえ思える外気がそこから入りこんでくる。安堵が込み上げ、同時に再び閉じ込められることへの恐怖から、夏目と律は急いで出口に向かった。
 が、いざ廂から出ようとしたところで、あっと律は足を止め振り返った。気づいた夏目が肩越しに顔を巡らし「飯嶋?」と声をかける。

「お父さんの身体!」
『おっと、いかん』

 そういえばという表情で青嵐が今頃キョロキョロと慌てて探し始める。家鳴りが再びギイギイと廊下側の出入り襖を指差すと、操り人形のようにいびつな動きをする父(の器)がふらつきながら現れた。家鳴りが保護してくれていたのかと律は妖怪の意外な気配りに驚きつつ心の底から感謝する。
 たとえ本当の父の魂はすでになく空っぽの肉体だとしても、中に入り込んでいるのが妖怪だとしても、飯嶋家には欠くべからざる存在なのだ。青嵐を護法神としてみているのか、妖怪として見ているのか、家族として見ているのか、律自身時折区別がつけられなくなるが、きっとそのすべてをひっくるめて「父」なのだろうと思っている。
 お父さん、と壺の中から呼びかけた声が、ふと鼓膜に蘇った。
 魑魅が入りこんでいると見て青嵐がその頭に手刀を落とすと、スポンと小気味いい具合に抜け柄になった身体が畳の上に崩れ落ちた。入りこんでいたらしい魂が青嵐に恐れをなし慌てて奥へ消えていった。
 すかさず器に戻った青嵐がパチリと目を覚ます。畳の上に落ちた眼鏡を手繰って鼻にかけ、首を左右に曲げて凝りを解しニヤリと不気味に笑う。

「うむ、やはり馴染んだ“服”が一番だな」
「いいからさっさと行くよ」

 もう勝手に失くすんじゃないぞと律は念を押しつつ出口へと促した。
16.4.14

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