奇怪な現象が始まったのはその日からだった。 といっても隕石が振ってきたとか謎の生物が発見されたなどというものではなく、世界は相変わらずとある政治家の汚職事件やどこかの国の内戦を報道している。 それは学校に起こったのだ。 その日は近年で記録的な猛暑だった。 クーラーなどという高級文明利器など到底あるわけのない公立の高校では、体力の違いか生徒よりも先生の方があまりの暑さにばて、授業が一向に進まない。 (あつい〜・・・。ああなんか・・少し前の漢方硝薬のCMみたいだ・・・) 目の前の陽炎を見ながらそんなことを考える。 外ではプールの授業を行っているのか、水しぶきの音と、多数の騒ぎ声が聞こえる。 (いいなー。僕も泳ぎたい) こんなに暑い日であったら、あのプールの水の冷たさはさぞかし気持ちがいいものだろう。 そこでふと思いつき、そっと横をうかがってみる。 やはり例の転校生は少しも汗をかかずひとり涼しげな顔をしていた。 (本当に暑くないのかな) この暑さでも平然としてられるなんて既に人間業じゃない。 (実は人間じゃなかったりして) 次の瞬間自分の考えに自分自身で驚いていた。 人間じゃない? では何だというのだ。 (人間のふりしているエイリアン……とか?) ありえない。 自分の考えに即突っ込みを入れる。 彼は(少し変わった所はあるにしろ)何処からどう見てもれっきとした人間だ。 人間じゃないじゃないかなんてどうして思ったりしたんだろう。 熱さに浮かされたのかもしれない。 そんなことを考えていると、ふと転校生と目が合ってしまった。 ずっと凝視していたことに気づかれたのかもしれない。 「あ、ご……」 ごめん、といおうとしたその時、外で女の子たちの悲鳴と、尋常じゃない騒ぎの音がきこえた。 「おい……何があったんだ」 教室がざわつき始め、生徒たちはそれぞれが外を見ようと窓際まで来て体を乗り出す。この教室は3階で、しかもプール側にあるのでここからだとプール全体が良く見渡せるのである。 先生が席に戻るよう注意するが、残念なことにお年頃な若者達の好奇心の前には何の意味もなさない。 プール際に授業を受けていたと思われる水着姿の生徒たちが何かを囲むように群がっている。 どうやら誰かが溺れたらしい。 (……あれ?) プール下にある更衣室の建物の陰から誰か人が走り去り、裏の竹林に入っていく。 ひとつに束ねた長い髪の黄金色が太陽に反射していた。 ――B組にもひとり入ったらしい―― ――真っ黄色い長髪を後ろでひとつに結んいでる―― (……まさか……) そんな信じられない気持ちで裏の竹林を見つめていると、 「……か。思ったよりもはやいな。にしても……のやつ……」 小さな呟きだった。 思わず声のした方を振り向くとあの転校生が何故か苦々しい顔で外を睨んでいた。 ほどなくして救急車が到着し、溺れかけた子を運んでいった。 先生の話によると運ばれたのは一年の女子で、なんとか命に別状はないらしい。 ただ不思議なのは溺れかけた原因である。 高校生ともなれば極端に身長が小さくてカナヅチでない限り、学校のプールで溺れることはまずない。 溺れた子は身長も平均ぐらいで、泳ぎは得意な方だったらしい。本人もどうして自分が溺れたのかはよくわからないと言う。気づいたら溺れていた、と。一瞬誰かが足を引っ張ったような気がしたとも言っていたそうだ。 とりあえず原因が見つかるまでしばらくプールは閉鎖されるということになった。 当たり前だ。いくら暑くとも、誰も命をかけてまで泳ぎたいとは思わない。 それよりも、僕には気になることがあった。 (あの更衣室から走り去っていた人……) 皆プールに気を取られていた上、あっという間の出来事だったから誰も気がつかなかったようだ。 男子の制服を着ていたし、あれは確実にうちの生徒だ。 だが何故裏の竹林に入っていったのだろう。 いや、そもそも授業中にあんなところにいること自体謎だ。 そしてあまり聞き取れなかったが、吉田のあの言葉、あの様子……。 不可解なことが多すぎる。 |
07.09.27 7BACK ■ NEXT8 MENU |