五．


　うちの学校の近くに『人来い公園』と呼ばれる公園がある。
　本当は『仲良し公園』だか『愉快公園』だかという、もっと別の名前なのだが、いわゆる呪われた魔所として有名なのだ。
　『人来い』といわれる由来は、月のない夜になるとその公園内部の何処からともなく『おいで…おいで…』と言う声が聞こえてくるからだそうだ。
　誰が言い始めたわけでもなく、いつの間にか皆そう呼んでいた。
　その声を聞いた者は「死に引かれる」と言われており、実際何人かがその近くで亡くなっているらしい。
　だから時には人を恋う――『人恋い公園』とも呼ばれている。
　その声は、数年前スピードの出し過ぎでうまく道を曲がれなくなり、この公園内に突っ込んで即死したバイクのライダーだとか、戦時中その公園の周辺で空襲があり、それで死んだ人たちの霊だとかいう噂だが、真相は定かではない。
　とりあえずその公園ではたびたび幽霊やら人魂が目撃されてるらしい。




「知ってるか？　また出たらしいぜ、人来い公園」

　情報通の少年が言った。
　今は昼休みの時間で、僕は昨日の出来事を反芻しながら弁当を食べている。

「またか。最近多いな」

　委員長が顔をしかめた。
　彼はこういった超自然現象の話を信じないタイプなのだ。

「Ｃ組のやつがさ、見たって。昨日の夜中に肝だめしをしたんだってよ。そしたらさこう、白いぼうっとした光が浮いてて、よく見るとそれは女の首――…」
「ぎゃーー！　やめてッッ　俺ダメなの、そーゆー話！」

　情けない叫びが話を強制的に中断させる。やはり彼はにんじんだけでなく、幽霊も駄目らしい。

「なんだマっちゃん怖いんか？　情けないな」

　情報通がからかう。

「怖いモンは怖いんだからしょーがねーだろっ」

　涙目で訴える。どうやら本気で怖いらしい。
　よく見ると、両腕に鳥肌まで立っている。

「やめようぜ〜。こういう話してるとホントにってよく言うじゃねーかっ」

　にんじん嫌いでホラー嫌いの少年はしきりに周りを見回し、何かいるのではないかと何もない空間に目を凝らして言った。
　すると委員長が、

「お前、マジで信じてんの？」
「お前は信じてねーのかよ」
「当たり前だろー。幽霊なんてモンが本当に存在するわけないって」
「何でそう言い切れんだよ」

　これは情報通だ。

「あのね。この世に科学で証明できないことなんてないの。そんな非現実的なものを怖がる方がおかしいぜ」
「え〜、でもさぁ……」
「お前ユーレイ怖いんだろ？　そんならそんなのいないって思った方が楽じゃん」
「できるもんならとっくにしてるよ。大体、信じてるから怖いんだろ」

　このあとも似た様な話が延々と続く。
　僕はその場をそっと離れた。

（『幽霊』か……）

　一瞬吉田の顔が脳裏を横切った。

（まさか……ね）

　それはいくらなんでも飛躍しすぎだろう。
　どんなに彼が異質な存在であるといっても。




　３年生の教室がある３階の上はもう屋上だ。
　本当は立ち入り禁止なのだが、大分前から何者かに鍵が壊されたまま放置されているので出入りは自由にできる。
　僕はよく独りでここへ来る。お気に入りの場所なのだ。独りになりたいときは特にいい。
　今日も僕は最近の出来事について静かに考え事でもしようと思い、屋上への階段を上っていた。
　しかしドアを開けるとそこには既に先客がいた。

「あ」
「……あ」

　向こうも僕に気がついて、声を漏らした。

「吉田、君。なにしてるの、こんなところで。ここ立ち入り禁止だよ」

　一応敬称つきで呼びかける。

「そう言う君は何でここへ来たの」
「まあ、そうだけど……」

　気まずい沈黙が流れる。
　その沈黙に居心地が悪くなり、とりあえず吉田の横に座る。
　吉田の目はずっと空に向かったままだ。

「……なにしてたの？」

　しばらくはその横顔を盗み見てたが、とうとう耐え切れずに質問すると、

「見てた」
「見てた、て。何を？」
「空とか、雲とか」
「……それって楽しい？」
「別に」

　再び沈黙。
　なんとか会話を探す。

「吉田君ってさ、鹿児島にいたんだって？　でも話すときに方言訛りがないよね」
「別に鹿児島といっても生まれ育ったわけじゃないし」
「え、出身違うの？」

　驚く僕に、吉田はちょっと面倒くさそうな表情をした。
　あまり触れて欲しくない内容なのか。

「色んなところを転々としてたから」
「じゃあお父さんの仕事の関係？　何だ、吉田くん家って転勤家族ってやつ？」
「……まあ、そんなところ」
「そっかー、いいなぁ。僕はひとり暮らしだから寂しくってさあ」

　その時チャイムが鳴った。予鈴だ。本鈴の十分前に鳴る。

「あ、僕もう行くね。邪魔してごめんね。吉田君も、本鈴が鳴る前には戻ってきた方がいいよ。それじゃ」

　適当に挨拶をして立ち上がりそそくさとドアの方へ行こうとした。すると、

「あのこと、誰にも話してないよな」

　突然あの話を振られてドキリとした。

「言ってないよ、誰にも。大丈夫」

　僕はそう言うと今度こそドアの方へ歩んでいった。
　ドアを閉めるとき、後ろで

「暗くなる前に家に帰った方がいい。最近は物騒だから」

　という声が追ってきた。
07.09.27

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